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作者:白川紺子,紫真依
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-10(集英社)
价格:¥605 原版
文库:Cobalt文库

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雪侯爵の銀灯師 みせかけ夫婦と王宮の庭 集英社eコバルト文庫 雪侯爵の銀灯師 みせかけ夫婦と王宮の庭 白川紺子 この本は縦書きでレイアウトされています。 雪侯爵の銀灯師 みせかけ夫婦と王宮の庭 目次 雪侯爵の銀灯師 みせかけ夫婦と王宮の庭 銀灯師と雪狐 おやすみ、わたしの魔術師 あとがき イラスト/紫 真依  魔術はすべて夜に生まれる。  だから魔術師は、けして夜に生きてはならない。 序章 「ものは相談なんだが」  ヴィクトルがそう言いだしたとき、エミリアはいやな予感しかしなかった。 「相談ってなんですか。命令の間違いでしょう」 「命令ってなんだ。俺はいつもおまえに相談か頼みごとしかしないだろうが」 「ご存じないのでしたらお教えしますけれど、主人が口にすればそれはなんだって命令になるんですよ、ヴィクトルさま」  ふうん、とヴィクトルはどこか物憂げにつぶやいて、薄く笑った。 「だったら、命令しようか。――エミリア、俺と結婚しろ」  エミリアは抱えていた本をすべて落としてしまった。 「おい、本をあつかうときには敬意と注意を払ってくれと言ってるだろう」 「でしたら、注意が散漫になるようなことをおっしゃらないでください。……いったいなにを企んでらっしゃるんですか、ヴィクトルさま」 「困っているんだよ、俺は。人助けだと思って結婚しろ」 「しませんったら。侯爵さまが一介のお抱え魔術師と結婚だなんて、聞いたことがありません」 「幼いときから俺に仕えているおまえなら俺のことをよくわかっているし、俺のまわりにいる女性といったらおまえしかいないし、おまえをおいてほかにあの異母兄が納得する相手は思いつかないんだよ」 「だからって――え? 異母兄って……」  エミリアは床に落ちた本を集めて、マホガニーの大きなテーブルに置いた。そこにはヴィクトルの書き散らした紙やほかの本が山積している。 「まさか、陛下のことですか」 「あれ以外に俺にかまう異母兄はいないな」  ヴィクトルは鵞ペンを置き、椅子にもたれかかる。彼の前には、何枚ものスケッチがあった。冬のあいだ、彼が描きためたスケッチだ。いずれの紙にも不思議な花のような模様――雪の結晶が描かれていた。 「陛下が納得なさるって、どういうことですか」 「俺に結婚しろとうるさいんだ。自分もまだのくせに。今度の夏至祭までに結婚しないようなら、異母兄の選んだ相手と結婚させると言うんだ」  エミリアの胸が、すっとナイフで突かれたように痛んだ。 「結婚……なさるのですか」 「おまえはなにを聞いていたんだ。だから、俺はしたくないんだよ。どこの伯爵令嬢だか公爵令嬢だか知らないが、妻なんて持ってみろ、俺の研究はどうなる。夜会だのお茶会だのに明け暮れて、ろくに本も開けなくなるぞ。せっかく雪の結晶の観察にいい小屋だって作ったのに、妻のご機嫌とりに忙殺されたくはない」 「ご理解のある令嬢と結婚なされば」 「そんな令嬢はいない」  きっぱりと言って、ヴィクトルはふたたび鵞ペンをとった。雪の結晶のスケッチを別の紙に丁寧に写しとっていく。揺れるろうそくの明かりに、彼の鋭さのある美貌が照らしだされていた。彼の髪も瞳も、暗闇を凝らせたように黒い。エミリアの、明かりにとけていきそうな淡い金色の髪と、琥珀色の瞳とは、対照的だ。 「――それで、わたしと結婚したことにすればいいと?」 「したことに、というより、すればいいだろう。なにか不都合が?」 「ヴィクトルさまこそ、わたしの話を聞いてらっしゃいましたか。お抱え魔術師と結婚する貴族はいません」 「いる。俺だ」 「陛下がお認めにはなりません」 「そんなことはない。あの人は俺がただ結婚しさえすればいいんだ。いつまでも独り身で、国のはずれの領地で屋敷にこもりきり、よくわからない研究に心血をそそいでいる異母弟を放っておくわけにもいかないんだろう。結婚しないようなら、自分が相手をあてがうと言ったんだ。結婚しておけば文句はないだろうし、言わせない」 「ほかの貴族からなんと言われるか」 「もとより俺は父の愛人のなかでも最も不面目な愛人の子だ。なんと言われようと今更だな。そもそも王宮になど滅多に足を踏み入れないのだし」 「ですがなにもわたしでなくとも」 「おまえがいちばん適任だ。異母兄だって馬鹿じゃない、ありあわせの相手をつれていって結婚しましたと言ったところで信じないだろう。ずっと俺のそばにいたおまえなら、異母兄だって信用するはずだ」 「ですが――」  ヴィクトルはふっと笑った。 「おまえは、俺などと結婚するのはいやだから、とは言わないんだな」  エミリアは頰が熱くなった。顔をそらす。 「――ですから、申しあげたではございませんか。あなたがおっしゃることは、わたしにとっては、命令です」 「それなら、結婚してくれるんだな」 「結婚させられるんです。お間違いにならないでください」 「いいだろう。承知した」  こういうわけで、月光の魔術師――銀灯師のエミリアは、十七歳の春、侯爵ヴィクトルと結婚することになったのだった。 第一章 夜と月  七歳だったエミリアがヴィクトルの屋敷にやってきて、はじめて目にしたのは白と黒だった。  あたり一面に雪が積もり、また新たにやわらかな雪が静かに降るなか、黒いかたまりが庭にうずくまっていた。  黒いかたまりは、じっと動くことがなかった。いや、動いていた。手だけは。  黒い毛皮の帽子をかぶり、黒い毛織物のコートを着こんで、しかし手袋はつけず、手に持った木炭を細く削った筆記具を動かしていた。指は真っ赤になっていた。  その黒い誰かは、雪の上にのせた黒い布に降ってくる雪を虫眼鏡で凝視しては、木の板にはりつけた紙にスケッチをしているようだった。あまりにもそれに熱中していて、エミリアにも、エミリアをつれてきた王宮銀灯師にも気づいていなかった。 「ヴィクトルさま」  王宮銀灯師が近づいていっても、黒いかたまりのヴィクトルは顔をあげなかった。王宮銀灯師は首をふり、エミリアを彼の前に押しだした。 「今日からこの娘があなた付きの銀灯師となります。おそばに置いてやってください。――エミリア」  あいさつを、とうながされ、エミリアはお辞儀をした。 「エミリアです、ヴィクトルさま。これからあなたをお守りいたします」  たどたどしい口調にヴィクトルはぴくりと手をとめ、顔をあげた。炭のように黒々とした髪に、黒と藍を混ぜこんだ、夜の暗闇のような瞳をした少年だった。 「……まだ子供じゃないか」  いぶかしそうにヴィクトルはエミリアを眺める。自分だって子供のくせに、とエミリアは思ったが、それを口にしないだけの分別も、すでに持ち合わせていた。 「腕はたしかです」と王宮銀灯師はエミリアの肩に手を置いた。 「孤児だったのを、才があったもので引き取り、三歳のころから厳しく魔術の手ほどきをしました。年長者よりも、これくらいの子供のほうがヴィクトルさまも接しやすいでしょう」 「心を開くだろうということか?」  ヴィクトルは皮肉げに笑った。十二歳という若さに似合わず、すれた笑い方をする少年だった。 「年寄り連中の考えることは、いつもずれている。頭のなかに砂糖でもつまっているんだな」  エミリアは思わずくすりと笑った。ヴィクトルはエミリアをちらりと見て、立ちあがる。 「いいだろう。しばらく使ってやる。気に食わなかったらまた王宮に送り帰すから」  ヴィクトルは玄関のほうへと歩いていった。これまでも何人もの銀灯師が、彼につかわされては気に入らぬとクビになっていた。エミリアの肩を王宮銀灯師がぽんとたたく。 「わかっているな、エミリア。おまえにここよりほかに帰ってくる場所などない。役目を果たせ」 「――はい」  ここに着くまでにさんざん脅されてきたのだから、わかっている。ヴィクトルのもとをクビになったら、それで終わりだ。  この日から、エミリアはヴィクトルのお抱え銀灯師となった。  ヴィクトルはエミリアを、ていのいい従者としてあつかった。  コート持ち。帽子持ち。本の片づけ係、本の運び係。ヴィクトルは屋敷の敷地からほとんど出ることがなかった。雪深い領地で、山は万年雪に覆われ、夏はごく短い。ヴィクトルは雪の研究に没頭していた。図書室ではよくわからない難しい本を読みふけり、雪が降れば嬉々として庭に出ては、結晶をスケッチする。日の光を厭い、晴れ渡る昼間にはけして外に出ず、夜になると元気になり、朝は起きてこない。使用人は皆、静かだった。 「そんな隅にいて、俺が守れるのか?」  夜の図書室で、燭台の明かりを頼りに本を読みながら、ヴィクトルは言った。彼はこうこうと明かりをともすことはない。目に毒なのだ。 「それとも、俺のそばに寄るのがいやなのか?」  エミリアは書棚の陰にひそむようにして、彼をうかがっていた。ヴィクトルがこちらに顔を向ける。エミリアは目を伏せ、銀灯師の外套のフードを目深にかぶると、彼の前に歩みでた。ヴィクトルは気分を害したように眉をよせる。 「主人の前でフードをかぶれと、王宮銀灯師はおまえをしつけたか?」 「申し訳ございません」  たどたどしくはあるものの、幼い声に似合わぬ折り目正しい口調で謝罪して、エミリアはフードをとった。ごく淡い金色の、長い髪がこぼれる。ろうそくの光を受けて、それは象牙色にきらめいた。 「顔をあげたらどうだ。そうしてうつむいているあいだに、暗がりから闇の魔物が現れて、俺をとって喰うかもしれないぞ」  それとも、とヴィクトルは冷ややかに笑う。 「俺の顔を眺めるのは怖いか? この髪も瞳も、闇とおなじ色だ」  いいえ、とエミリアは答えた。 「怖くはございません。わたしが、ヴィクトルさまのご気分を害してしまうのではないかと思っただけです」  ヴィクトルはけげんそうにエミリアを見おろす。 「どういう意味だ?」  エミリアは顔をあげた。ヴィクトルがはっと息をつめる。エミリアの瞳が、ほの白く輝いていたからだ。  エミリアの瞳は、昼間は琥珀色をしているが、夜になると冷ややかに淡く輝く。濃い闇のなかではいっそう、露をたたえたようにうるんだ輝きを放った。エミリアが両親に捨てられたのは、この瞳のためだ。  優秀な魔術師には、しばしば不思議な瞳を持って生まれるものがいるのだと、エミリアを引きとった王宮銀灯師から聞かされた。だが、ふつうの人々にとっては、ただ気味の悪いだけの瞳だ。孤児院では化け物と怯えられ、石を投げられた。  ヴィクトルはエミリアの瞳を食い入るようにじっと見つめていた。エミリアは目を伏せ、うつむこうとする。が、その顔をヴィクトルは両手でつかんで上向かせた。ヴィクトルの闇色の瞳に、エミリアの瞳の輝きが映っている。 「月みたいだ」  ぽつりとつぶやいて、ヴィクトルはエミリアの顔を放した。  エミリアは、ヴィクトルがしていたように、彼の瞳をじっと見つめた。部屋の隅にうずくまる暗闇よりも深く、濃厚な、夜の瞳をしていた。 「ヴィクトルさまの瞳は、冬の夜の空のようですね。――わたしは夜空のなかで、冬の夜空がいちばん美しいと思います」  ヴィクトルは無言でエミリアを見返した。その表情が一瞬ゆるみ、ひどく子供っぽい――実際彼は子供なのだが――泣きだしそうな顔をしたので、エミリアは粗相をしたかと内心焦った。しかしそんな表情はつぎの瞬間には消え失せ、もとの不機嫌そうな無表情に戻ったので、ろうそくの炎が見せた幻だったのかもしれない。 「それなら、俺とおまえはふたりとも、夜の瞳を持っているんだな」  さびしさの翳をはらむその声音に、幻ではなかったと思った。ヴィクトルは、泣きつく相手を持たぬ子供だった。そしてそれは、エミリアもおなじだった。  親から引き離され、雪深い辺境の地に追いやられ、遊び相手もおらず、静かな使用人たちにかしずかれるだけの日々を過ごしてきた少年の胸のうちに、エミリアは自然と分け入っていた。それはまさしく砂糖が頭につまった王宮の人々の狙ったとおりであっただろうが、それを突っぱねられるほど、ヴィクトルはまだ強くはなかった。  ヴィクトルの表情から不機嫌さが薄れ、やわらかさを帯びていったのは、このころからだった。  ヴィクトルはエミリアに、雪の結晶を見せてくれた。 「ほら」  窓を開け、黒い布地でちらちらと舞う雪花を受ける。それをエミリアの前にさしだした。小さな花がそこにはあった。透きとおった、儚い花だ。精巧な硝子ガラス細工のようで、ため息をもらすと、その息の淡い熱で花はあっさりとけてしまう。 「ああ……!」  エミリアが年相応の子供の顔で残念がるのを、ヴィクトルは面白がって見ていた。  またある夜には、ヴィクトルはエミリアが月光を紡ぐところを見たがった。  エミリアは腰に銀灯をさげている。透かし彫りの銀細工のような、ほんのりと輝く球体。銀の鎖から吊りさがるそれは、月光を紡いでできていた。銀灯師は月光の魔術師。自らの魔力と、月光を織りあわせて銀灯にたくわえておくのだ。  冴えざえと輝く月に小さな手を伸ばせば、するすると月光が集まってくる。淡く、ほの白い光は指先に触れるとひんやりとして、心地よい。ゆるやかにそれをたぐりよせ、銀灯へと織りこんでゆく。エミリアの銀灯は、雪の結晶をつなげたような模様をしていた。はじめはもっと、飾り気のない格子模様だったのが、ヴィクトルの屋敷に来てから、こんなふうになった。雪の結晶ばかり見て過ごしたせいだろうか。 「きれいだな」  ヴィクトルはエミリアの銀灯を、ことのほか気に入った。 「世の銀灯師のなかで、きっとおまえの銀灯がいちばん美しい」  ヴィクトルはやわらかなまなざしで、エミリアの銀灯を眺めていた。そのまなざしは、エミリア自身に向けられることもあった。  またヴィクトルは従者よりもエミリアをそばに置き、すべての世話をエミリアにゆだねた。 「わたしは従者ではございません。銀灯師です」  エミリアは再三、不満を申し立てたが、ヴィクトルは笑ってとりあわなかった。 「そうはいっても、闇の魔物など、そうそうここに出没したりはしないのだからな。おまえだって、ただで給金をもらうより、役に立ったほうが心苦しくないだろう?」  ただ飯食らいのように言われて、エミリアはかっかした。 「銀灯師がそばにいるということが、魔物除けになっているのです。ただ飯食らいではございません」 「そういう証明のしようがない論法は、便利だな」 「しろうとはいつだって予防の大切さを理解しないんです。愚かなことです」  子供ながら小賢しい口をきくエミリアを、ヴィクトルは怒りはしなかった。むしろ楽しんでいるようだった。 「俺はおまえよりほかに、誰も俺のそばに近づけるつもりはない」  エミリアの不服を、ヴィクトルはいつでもその言葉で終わらせた。それを言われると、エミリアは、どうにも言葉が続けられなくなった。胸の奥にあまやかな痛みが広がって、息がつまった。  それは主人に対して抱いてはいけない想いだと、わかっていた。  ヴィクトルからぴりぴりとした茨のような神経質さが失せていくのに比例して、彼に対して腫れものをあつかうようだった使用人たちの態度からも、緊張がとれていった。ヴィクトルは執事と、村はずれの家で子山羊が生まれたとか、庭の山査子が実をつけたとか、他愛ない会話をするようになり、年ごろの近い従僕相手にボードゲームを教えるようになった。それでもヴィクトルはエミリアをそばから離そうとしなかったし、彼の世話はあいかわらずエミリアに任されていた。  ヴィクトルが十五歳のころだったろうか。エミリアは十歳だった。 「おまえは自分が生まれた日を知っているか?」  ヴィクトルにそう尋ねられて、エミリアは「いいえ」と答えた。 「そうか。俺も知らない。使用人たちは皆知っているようだったぞ」 「親がいるひとは、親が教えてくれますから」 「ふうん。生まれた日は、毎年家族で祝うんだそうだ」 「そのようですね」  ヴィクトルはじっとエミリアの顔を眺めた。 「来月にしようか」 「なにがですか?」とエミリアは首をかしげた。 「俺とおまえの生まれた日。知らないのだから勝手に決めてしまえばいい」 「どうしてわたしの日まで」 「祝いの贈りものというものをしてみたい。自分に贈っても意味ないだろう。おまえは俺に贈りものをしてくれ」 「おくりもの……」 「そんなに面倒くさそうな顔をしなくたっていいだろう」  面倒がったのではなく、困惑していたのだ。 「わたしは高価な贈りものなんて、できません」 「こういうものは気持ちが大事なんだと皆が言っていたぞ。そのへんに咲いている花一輪でもうれしいものだと言っていた」 「そうなのですか?」 「どうだろうな」  ヴィクトルはときどきこんなふうに、家庭行事の知識を仕入れてきては、その真似ごとをしたがった。おままごとに近かったとエミリアは思う。だが、エミリアにとってもそのおままごとは、新鮮でどこかなつかしく、あたたかなものだった。  エミリアはそれからひと月、ヴィクトルへの贈りものに頭を悩ませたが、「西の森に宿り木がありましたよ」という執事の言葉を受けて、宿り木のお守りを贈ろうと決めた。夜、月光を浴びた宿り木の枝は、祝福のお守りになるのだ。  エミリアは満月の夜、敷地内の西にある森に足を踏み入れた。ヴィクトルの家の敷地は広大で、東には丘が、西には森が広がっている。  頭上を見あげて、宿り木をさがした。角燈は必要ない。夏には鬱蒼とする森も、今は葉がすっかり枯れ落ち、寒々しい枝をさらしている。そのためにさやかな満月の光がよく通った。そのうえ、この瞳のためか、エミリアは夜目がきく。白い息を吐きながら、エミリアは積もった雪の上を歩いた。今夜、雪が降っていないのはさいわいだった。  昼間に来て、木のある場所は確認ずみだ。エミリアは容易にその木までたどりついた。大きな冬菩提樹の木の枝に、金色の細い枝が毬のようにこんもりとまとわりついている。宿り木だ。月光を浴びて、金の枝はほんのりと輝いていた。小さな丸い実も、白々と光を放っている。月のようだ。あの実を地上の月として、お守りにするのである。  宿り木はじゅうぶんに月の力を浴びているようだった。木には昼間のうちに、はしごを立てかけてあった。それに足をかけたとき、エミリアは身震いした。寒さのためではない。ゆっくりとはしごから手を離し、周囲に目を凝らした。  月の光は枝をすり抜け、雪をその白さよりもいっそう真白く、冷ややかに照らしていたが、その光の届かぬ木の陰は、まわりの明るさのぶんだけ、陰鬱な闇を凝らせていた。  その闇のなかに、うごめくものがあった。エミリアは外套の前からすばやく手を出す。腰にさげた銀灯が揺れた。  闇から一歩、それは足を踏みだした。現れたのは、闇を鍛えて作ったような、黒い甲冑姿の兵士だった。甲冑の奥の瞳は見えず、ただ沼のように濁った闇があるばかりだ。  ――闇の魔物。  森など、闇がとどこおりやすい場所には、彼らが現れやすい。この森でも、これまで何度か出没していた。  エミリアは手をひらめかせ、銀灯から白銀に輝く糸を紡ぎだした。雪の上に落ちる満月の光から、ゆるやかに綿毛のようなものが立ち現れる。月光の精だ。エミリアの紡ぐ糸に月光の精たちは吸いよせられ、撚り合わされ、一羽の大きな白い鷲へと姿を変えていく。月光の糸から生まれた白鷲は、鋭いくちばしを持っていた。  黒い兵士が動く。その手には血と夜を織り合わせてできたような闇色の剣が握られていた。白鷲が黒い兵士に襲いかかる。兵士は鷲のくちばしをかわすと、エミリアに向かってきた。動作はさほど機敏ではない。ふりあげられた剣をよけると、剣は木の幹に突き刺さった。そのはずみで、立てかけてあったはしごがエミリアのほうへと倒れかかる。 「きゃあっ……!」  エミリアは悲鳴をあげた。はしごはエミリアを押し倒し、その脚を打った。  ふつうの子供よりいくらか大人びていても、体はまだ十歳の子供である。重たいはしごは持ちあがらず、脚を引き抜くこともできなかった。  もがくエミリアに向かって、兵士が剣をふりあげる。それが空をさしてぴたりと静止したとき、エミリアは思わず目を閉じた。体がすくんで動かない。 「エミリア!」  鋭い声が冷えた夜気のなかを貫き、エミリアの体があたたかいもので包まれた。脚にのしかかっていたはしごの重みが消え、エミリアは引き起こされる。木の幹に体を押しつけられた瞬間、それまでエミリアが倒れていた地面に、剣が突き刺さった。 「大丈夫か、エミリア」 「ヴィクトルさま」  ヴィクトルはエミリアの体を抱きあげ、あとずさる。兵士が緩慢な動きで迫ってこようとするのを、エミリアは手を翻して白鷲を呼び、うしろからその体を貫かせた。闇を集めた体にぽっかりと穴が開く。兵士の動きがとまった。穴の周囲が、炭のようにはらはらと崩れはじめたかと思うと、あっというまに闇にとけていくようにして、兵士の姿は消えていった。 *この続きは製品版でお楽しみください。 白川紺子(しらかわ こうこ) 三重県出身。2月8日生まれ。水瓶座のO型。『サカナ日和』で第154回雑誌 Cobalt 短編小説新人賞に入選の後、『噓つきな五月女王』で2012年度ロマン大賞受賞。コバルト文庫に受賞作を改題、加筆改稿した『噓つきなレディ~五月祭の求婚~』、『リリー骨董店の白雪姫』シリーズ、『朱華姫の御召人』シリーズがある。趣味は読書、お菓子作り、能楽鑑賞など。本は古典文学から少女小説、児童文学までなんでも好きです。日々増える本の保管場所に頭を悩ませています。 育てている薔薇の葉っぱが病気になってしまい、心配だったのですが、最近、新芽が出てきてほっとしました。 イラスト紫 真依(むらさき まい) このような素敵な物語のイラストを担当することができて嬉しいです! 美しい世界観を崩さぬよう心がけました。 集英社eコバルト文庫 雪侯爵の銀灯師 みせかけ夫婦と王宮の庭 立読み用 著者 白川紺子 © KOUKO SIRAKAWA 2016 2016年12月31日発行 この電子書籍は、集英社コバルト文庫「雪侯爵の銀灯師 みせかけ夫婦と王宮の庭」 2016年10月10日発行の第1刷を底本としています。 発行者 北畠輝幸 発行所 株式会社 集英社     東京都千代田区一ツ橋2丁目5番10号     〒101-8050     [電話]     03-3230-6080(読者係) 制作所 トッパングラフィックコミュニケーションズ