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作者:喜多みどり
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-02(角川书店)
价格:¥514 原版
文库:角川Beans文库
丛书:光炎のウィザード(8)
代购:lumagic.taobao.com
光炎のウィザード 魔法学園は年中無休 光炎のウィザード 魔法学園は年中無休 喜多みどり 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  Contents 駆け落ちは夜行列車で episode1 Zestoga&Grabille [ゼストガ&グレイビル] ぶらり途中下車の味 episode2 Mika&Illzark [ミカ&イルザーク] 君となら雨天決行 episode3 Theyore&Bud [テヨル&バド] 菓子泥棒がやってきた! 先生の苦手科目 あとがき 「『かけおち』ね。そうでしょう?」  大陸東部の都市間を繫ぐ急行列車。  その二等車のコンパートメントには、ヤムセとリティーヤの他に、一人の少女が乗り合わせていた。十歳前くらいの身なりのよい少女で、背筋をぴんと伸ばしコンパートメントの座席に座り、真っ直ぐにヤムセを見つめている。  自分の予想が肯定されるのを待っているのだ。  ヤムセは駅の貸本屋で借りた三文小説から視線を上げ、向かいに座る少女を見やった。彼の隣では、リティーヤが車体の揺れに合わせて頭をぐらぐら左右に揺らし、居眠りをしている──と、緩やかなカーブの揺れを受けて、その頭がヤムセの肩に載った。 「駆け落ちではない」  ヤムセは不機嫌そうな、迷惑そうな顔で、リティーヤの頭を反対側に押し戻した。 「あら。そう? ごめんなさい、じゃあ夫婦なのね。でも結婚指輪はしてないの?」  その時また車体が揺れて、リティーヤの頭が再びヤムセの肩に載った。ヤムセは乗車以来何度目かになる同じ作業を幾らか乱暴に繰り返し──リティーヤは勢い余って車窓に頭をぶつけた。 「ぐぎゃ」  聞こえてきた呻き声をヤムセは無視し、ぶっきらぼうに言った。 「これを嫁にもらった覚えはないし、予定もない」 「まあ。それならいったいなんなの? 兄妹にしては似てないし……あ、もしかして『あいじん』? そう、わかったわ、『あいじん』なのね」  少女は得心したように深く頷いた。 「そっちのおねえさんは若くて綺麗だし。そう、そうなのね。あ、でも安心して、私は誰にも言わないから。夫婦なんて所詮形だけのものだものね。でもおねえさんの方はそれで納得してるの? それともおじさんが一方的におねえさんをもてあそんで……」 「い、痛い……」  少女は、その声に口を閉じた。  ヤムセに突き飛ばされたリティーヤが、ぶつけた頭をさすり、落ちた帽子を被り直し、呻いていたのだ。 「うう、あれ? 先生、あたしなんかここに瘤があるんですけど」 「ほう。それは結構なことだな」 「はあ。いつぶつけたんだろう……うわ、どんどんふくらんでくー……」 「……『先生』?」  唐突に口を挟んできた少女を、リティーヤはびっくりして見やった。少女の顔を見て、ああ、そういえば、このコンパートメントには先客がいたのだった、と思い出す。 「もしかして先生と生徒だったの?」  少女は、リティーヤの方には構わず、ヤムセへ向かって詰問するように言った。  彼は一つ頷いた。 「そうだ」 「まあ」  少女はピンク色の帽子の下で目を丸くして、向かいに座る男女をまじまじと見つめた。黒髪の年かさの男──ヤムセは泰然として本を膝の上に置いて座っている。金髪の若い女──リティーヤの方は幾らか困惑した顔だ。そのアイスブルーの目はすっきりとした冷たい印象があるのに、同時にどこか温かく、柔らかな光を宿している。  少女はリティーヤからヤムセに視線を移し、呆れを含んだ、やや鋭い口調で言った。 「生徒を『あいじん』にするなんて、なんて破廉恥な男なの」 「…………は?」  リティーヤは呆然としたようすで聞き返し、ヤムセは深く頷いた。 「そう言うと思ったんだ」 1  少女はませた仕草で顎に手を当て、ため息をついた。 「世も末ね。教師が生徒を『かどわかす』なんて」 「拐かす? あんたよくそんな難しい言葉知ってるねえ」 「おまえより語彙多そうだな」 「いやいや。俗語限定なら勝てますよ」 「それは素晴らしい」  ヤムセは感情を込めず、本から視線も上げず、口中のドロップを頰の片側に寄せて言った。 「で、先生、いつあたしを拐かしたんですか?」 「明後日辺りだろう」 「へー、知りませんでした」 「何しろ明後日のことだからな」 「なあに、ひそひそと」  リティーヤとヤムセが意味のない会話を繰り広げていると、少女が訝しげな顔で口を挟んできた。置いてけぼりで寂しくなったのだろう。 「言い訳を相談してたの? でも必要ないわよ、『ほんさいさん』が来たら私がうまく言いつくろってあげるから。ね、でも今だけは本当のことを教えて。おねえさんは先生さんの愛人で、今は出張に愛人同伴させられてるのよね」  ここまで言われるともういっそのことうんと頷いてやりたくすらなったが、リティーヤはぎりぎりで思いとどまって首を横に振った。さすがにヤムセの愛人にはなりたくない。 「ううん。あたしたちは普通の先生と生徒で、今は調査旅行の最中なの」 「……本当に?」  少女は疑わしげにリティーヤとヤムセを交互に見る。  だが、少女がまた何か言う前に、汽車は多くの人々で賑わうプラットホームに滑り込んだ。 「まあ、もう?」  少女は窓から顔を覗かせると、目的の駅名を見付けたのだろう、慌てて自分の旅行鞄を抱えて扉を開けた。コンパートメント間を繫ぐ通路はないから、扉を開けるとすぐにホームに出る。  少女はぴょんとホームに飛び降りた。 「おねえさん、私もう行かなくちゃ。『ほんさいさん』との対決助けられなくてごめんなさい。先生さんと仲良くね!」 「はいはい」  まあ仲良くするくらいならいいだろう、と思い、リティーヤはそれには頷いた。  だが、少女は笑顔で別れを告げた直後、ふと脇の方を見て、顔色を変えた。  そして、慌てたようすで再び汽車に乗ってきた。 「え? どうしたの……」 「あっ、ちょ、ちょっと気が変わって」 「ほう。それは」  コンパートメントの入り口から顔を出して外を見ていたヤムセが、いつもの調子で呟いた。 「これと関係があるのか」  そう言い終えた後か、終える前か──。 「ミレイジュ・シーカー!」  声を荒らげ、コンパートメントの中に踏み込んできた男がいた。  瘦せた長身を黒いフロックコートに包んだ、眼鏡の男だ。まだかなり若いように見える。 「魔導書はどこだ!」  男はコンパートメントに入って来るなり、少女の腕を摑んで汽車から引きずり下ろそうとした。 「あんた、小さな子に何すんの!」  リティーヤは驚いて叫び、男ともみ合いになった。男は舌打ちし、手にしたステッキを振り上げた。  だが、ステッキが振り下ろされる前に、ヤムセがその先端をぱしりと摑んだ。 「まあ待て」 「手を出すな!」  ヤムセの方は大して力を入れているふうでもないのだが、男はステッキを奪い返せないでいる。男は苛立ち、ついに両手でステッキを摑んで引っ張った──その時、無防備になった男の顔面を少女が持っていた鞄で殴りつけ、ヤムセがタイミングよくステッキから手を離した。 「あ」  男はバランスを失い、後ろへ倒れそうになる。扉を摑んで堪えようとしたが、ちょうど汽車が発車するところで、その揺れによってホームへ転がり落ちた。 「~~~~~~!」  打ち付けたらしい後頭部を押さえ呻く男を置いて、汽車は駅を離れていった。  そしてコンパートメントには、呆然と床に座り込むリティーヤと、肩で息をしてリティーヤに抱かれる少女と、なにくわぬ顔で再び三文小説を読み始めるヤムセが残された。  車窓には、やがて再び緑の畑が見えてきた。 2 「まあ、つまりね」  座席に戻った少女──ミレイジュは、なにくわぬ顔で言った。 「あの男は私の『あいじん』だったんだけど、男の『ほんさいさん』にばれちゃって、別れることになったの。でもあの男はそれをいやがって、別れないって言いだして、私を追っているのよ。私ってほんと罪作りな女ね」 「え、えええ!?」  伸びきらない手足やあどけない顔のどこら辺が罪作りなのかと疑問に思うよりも、こんな若さでそんな修羅場を経験するとはさぞ辛かったに違いないと思ってしまい、リティーヤは素直にミレイジュの心と体を心配した。 「大変だったのね……」  ミレイジュは、あっさりと言った。 「もちろん噓よ」 「…………」 「からかってみただけでしょ。ふーん、おねえさんってバカなのね」  子どもにからかわれる弟子を憐れんだのか、そこでヤムセが口を挟んだ。 「それで、あの男は魔導書がどうのと言っていたが」  魔導書というのは魔術行使の手順を記した書物だ。希少なものであれば高値で取引されることもあるが、一般人にはあまり縁のないものだ。少なくとも、魔術師でもない十歳にもならない子どもが持っているというのはおかしい。 「そうね。あなたたちには助けられたし、教えてあげる」  ミレイジュは自分の旅行鞄を引き寄せて、その中から四角い包みを取り出した。 「あの男が狙っていたのは、これよ」  包みの中から現れたのは、一冊の本。  緑色の分厚い革表紙で、表にも裏にもタイトルのようなものは書かれていない。ページをめくると、妙な記号のような文字で埋まっている。  ヤムセはぽつりと呟く。 「原始文字か」 「読めるの?」  ミレイジュが驚いたように顔を上げる。ヤムセは頷き、ミレイジュから魔導書を受け取った。リティーヤも横から覗き込み、最初の一文を読み上げた。 「ええと……緑なす、大地の記憶を……留めんがために……?」 「おねえさんも読めるの!?」 「……なんで先生の時より反応が大きいの?」 「だ、だっておねえさんバカなのに」 「……先生、この子ちょっといじめていいですかいいですよねちょっとくらい」 「勝てなかったら泣けるからやめておけ。とにかく、これは──」  一旦区切ったヤムセの言葉を、ミレイジュが幾分表情を引き締めて続けた。 「《グリーンワードの魔導書》の〈昼〉の書の一冊よ」  ミレイジュはまだヤムセの手元にある本を見つめて言った。 「《グリーンワードの魔導書》っていうのは、魔術師とか好事家たちの間では有名な魔導書なんですって」  ヤムセはページをめくりながらミレイジュの話を聞き、リティーヤは横から顔を出し、本をちらちら見ながら同じく話を聞いていた。 「なんでも、元々は〈昼〉〈夜〉〈夢〉〈流れ〉っていう四冊の魔導書をまとめて《グリーンワードの魔導書》っていうらしいんだけどね、ある時その中の〈昼〉の書だけが失われてしまったそうなの」  ミレイジュはメモも見ないですらすらと喋っている。随分調べて、しかもすっかり覚えてしまっているのだろう。 「失われたと言っても消えてしまったわけじゃなくて、元々は一冊の本だったものが、事故で引き裂かれて、五冊になったそうよ。そして、その五冊すべてを手に入れ、元の形に復元することができれば、〈昼〉の書が願いを一つ叶えてくれる……そう言われているの」  ミレイジュはヤムセから本を返してもらうと、本の真ん中辺りのページを開いて見せた。 「ほら、光に当てると──表面の文字とは違うものが浮かび上がってくるでしょう?」  確かにミレイジュの言葉通りだった──陽光に当てたところから、紙の表面に書かれたのとは別の文字が、きらきら輝きながら空中に浮き上がってきたのだ。文字は次々に現れては消えていく。消える速度が速すぎて、リティーヤには読み切れない。 「う、わ、ちょっとこれは……」 「消えていくのが速くて読めないでしょ? 私のパパもこういうものには詳しい方なんだけど、何度も読み返してやっと解読できたの」  その次々に消えていく文字列を追って、ヤムセが呟いた。 「『これを手に取りし者は永遠の四十分の一を知る』」 「え」  ミレイジュが驚きで目を丸くする。 「『これは失われし力、五つの欠片が一つ。賢者よこれを集めよ、汝が血を捧げよ。されば世界は汝に傅く』……」 「凄い、そうよ! よく一度で読めたわね! 原始文字詳しいの?」  原始文字はこの世の始まりからあったとも言われる世界最古の文字だが、今は魔術師か歴史学者か言語学者、さもなければよほど教養ある物好きくらいしか読める者はいない。 「まあね、あたしの先生だし」  リティーヤは自慢げに胸を張ったが、すぐにヤムセに後頭部を叩かれた。 「おまえは基礎課程で何やってたんだ。全部基礎の構文だろうが」 「痛ぁい! あたしだってゆっくりなら読めますけどね、あの速度で読める方が異常なんですよ!」 「……あなたたちって……」  ミレイジュは、言い合う師弟を眺め、不思議そうに言った。 「もしかして歴史学者か何かなの?」 「いや、専門は魔力環境の……」 「おまえの父親はどうなんだ」 「え?」  ヤムセはミレイジュの持つ本を指さす。 「何故そんなものを手に入れられた?」 「ああ……私のパパは古物商をしているの。古い本を扱うこともあるのよ」 「その中に魔導書もあったってわけね?」 「そう。お客さんには魔術師の人も何人かいるんだけど、その一人がこの間亡くなって、遺品を整理していたら、これが出てきたの」  ミレイジュはそこで何か思い出したのだろう、急に険しい表情になった。 「うちのパパったら、最初は、これは凄い魔導書だって言ってたのに、調べるうちにどんどん何も言わなくなっていったのよ。怖じ気づいたんだわ。この魔導書の力に……」 「ははあ……で、あんたはどうして今これを持って汽車に乗ってるのよ」 「決まってるでしょ」  ミレイジュはきらりと輝く笑顔で言った。 「臆病なパパの代わりに、私が〈昼〉の書をすべて集めるの。伝説の本が、私の手に入ったのよ。これはつまり、残る四冊を見つけ出せっていう運命の囁きなのよ。ううん、運命なんかじゃなくてもいい、私はこれを見つけたいの」 「……どうして?」 「だってわくわくするじゃない!」  ミレイジュは何を当たり前のことを訊くんだ、といったようすで答えた。 「《グリーンワードの魔導書》は世界の始まりからあったんですって! 世界の始まりってどんなかしらね? 混沌として、海も大地も空もなくてスープみたいだったとか、闇しかなかったとか、爆発からできたとか、色々に言われてるけど、どれが正しいのか、本当のところは誰にもわからない。でもこの本は知ってるのよ。それって凄いと思わない? ほら、なんだかこう、ドキドキしない? 私たちはね、今この本を前にすることで」  もどかしげに、少女は本を掲げて見せる。 「この本が経てきたものすごーい時間の流れと──この世界そのものと向き合ってるの」  幼さを残した顔に浮かぶのは、強い冒険心と好奇心。なるほどこの子は本気らしい、とリティーヤは気づき、なんだか嬉しくなってきた。 「……何笑ってるの」  気が付くと、ミレイジュはふくれっ面でリティーヤを見ていた。 「え? ああ、ごめん。バカにしたわけじゃないんだけど、なんかこう、嬉しくって」 「……何よぅ」 「怒らないで。あたし、本はちょっと苦手だけど、その気持ちはわかるよ」 「……ほんと?」 「ほんと。それで──あんたはお父さんの代わりに、本を持ち出して、まだ見ぬ四冊の魔導書を求めてるってわけね」 「そうよ」  ミレイジュは幾らか納得したようすで頷いた。 「パパったらほんとダメなんだもん、こんな貴重なものを蔵に入れっぱなしにしようって言うんだから」 「だが、実際危険だ」  ヤムセが淡々と言った。 「さっきの男の狙いはその本なんだろう?」 「そうよ。あの男は魔術師」  ミレイジュは少し興ざめしたようすで、口を尖らせて言った。 「この魔導書の元の持ち主の弟子らしくて、私がこれを持ちだしたって知ってしつこくつきまとってくるの」  ちょっと考え、リティーヤはいやな可能性に気付いた。 「……それってもしかして魔導書の所有権向こうにあるんじゃないの?」 「そんなことないわよ。あの人、すごいダメな弟子だったらしくてね、もうずいぶん前に破門されてたんだって。お師匠さんの方は良い人だったんだけど、身寄りがなかったのもあって、親しくしてたうちのパパにほとんど遺品残していったの。だからこの魔導書の所有権もうちにあるの」 「だといいけど……」 「む」  ヤムセは唸ると、突然立ち上がって車窓の前に立った。 「先生?」  窓を大きく開けるヤムセに、リティーヤが声をかけた、その時。  白い塊が、窓めがけて凄まじい速度で突っ込んできた。 「!」  リティーヤが悲鳴を上げる間もなく、その突然の来訪者は車内に飛び込んだところで、難なくヤムセの手につかみ取られた。 「あ、相変わらずバカみたいな反射神経してますね……」 「誉めるなら普通に誉めろ」  ヤムセの手の中にいるのは、白い一羽の鳥だった。  リティーヤによって咄嗟に庇われていたミレイジュが、リティーヤの背後からおそるおそるといったようすで顔を見せた。 「な、なに……?」  鳥はハトほどの大きさで、赤い目と虹色にも見える白い翼の持ち主だった。ヤムセの手の中で必死にもがき、何やらひどく苦しそうにしている。 「あ。先生、力ゆるめてやったら……」 「十分そっと扱っている」  ヤムセは不機嫌そうに言った。 「使われている魔術のせいだろう」 「魔術? そいつ、魔術かけられてるんですか? いったいどんな──」 「みれいじゅ・しーかー!」  突然鳥はくちばしをぱくりと開け、人間の声に聞こえるものを張り上げた。  ミレイジュはびくりと震え、リティーヤの服の裾を摑む。 「及ビ、ソノ同乗者ニ告グ! みれいじゅ・しーかーヲ次ノ駅デ降ロセ! ぎ、ぐぎゅっ! 次ノ駅デ降ロセ! 他ノ乗客ノ血ヲ見タクナケレバ! 次ノ駅デ……ぎきゅう!」  鳥はそこで突然痙攣し、ヤムセの手の中で脚を突っ張ったまま動かなくなった。 「……し、死んじゃったの?」 「いや。息はある」  ヤムセは手の中の感触を確かめ、のけぞったまま動かなくなった鳥を窓枠の上に横たえた。ヤムセが胸の辺りを撫でると、鳥はぴょこんと飛び上がり、素早く外へ逃れていった。  リティーヤとヤムセは視線を交わした。 「今の、本気ですかね」 「本気だろうな。あの男があれを《グリーンワードの魔導書》と考えているのなら、どんな方法を使っても手に入れようとするだろう。他の乗客を手にかけることもためらうまい」 「いい度胸してますね!」 「おかげで面倒なことになった」 「白黒はっきりして動きやすくなったじゃないですか」  何事か言い合う二人に、ミレイジュは本を抱え直し、一つ深呼吸して言った。 「いいのよ、先生さん、おねえさん。こうなったら仕方ないもの。私次の駅で降りる。話聞いてくれてありがとう」 「え? いや、そういうわけにはいかないよ」 「私ならなんとかするから。これはあの男と私の問題なんだし、心配してくれるのは嬉しいけど──」 「あんたとあの男の問題?」  リティーヤの声には驚きが含まれていた。 「違うよ」 「……は?」 「あのね、あんたは気付いてないのかもしれないけど、これはもう十分あんたたちだけの問題じゃなくなってんの」  ヤムセもそれへ頷いた。 「あの魔術師は『ミレイジュ・シーカーを次の駅で降ろせ』と言った」 「え、ええと、だから何?」  つまり、と今度はリティーヤが言葉を継いだ。 「つまりあいつがあたしたちに喧嘩を売ってきたってこと。あんたとあいつのどっちに魔導書の所有権がある、なんてことはわかんないけど、それは事実」 「あの男は、無関係の人間の身の安全を盾に、私たちを脅した」  今度は再びヤムセ。 「これは歴とした犯罪行為だ。どの国の法に照らし合わせても、この魔術師は処罰されねばならない」 「えっと、まず脅迫でしょ。それから、あの鳥希少種で保護法あるから、それも関係してくるかな。一般人への攻撃魔術の使用とかもついたら、罪は重いね。一生日の目は見られないかも」 「となると自棄を起こして無茶をする可能性も高い。一度たがの外れた魔術師ほど恐ろしいものはない。あの男は今すぐにでも拘束されねばならない。これは誰のためという問題ではなく、我々に課せられた責務だ」  呆然とするミレイジュに、リティーヤはにやりと不敵に笑ってみせた。 「そういうわけで、女の子を虐める悪者を退治するのは、あたしたちの仕事になるのです」 3  そうこうしているうちに、車窓の風景が変わり始めた。建物と建物の間が狭くなり、畑が少なくなる。 「いいわね、ミレイジュ」 「良くなくてもすでに拒否権はないがな。それから、相手の魔術について知っていることがあったら早めに言え」 「なんで主導権取られてんの、私……」  ミレイジュは本を抱き締めて呟いたが、それを誰も聞いていなかった。 「優先順位は、まず乗客及びミレイジュの安全確保、その次に敵魔術師の捕縛」  汽車が駅に近づいたころ、ヤムセが話を整理して言った。 「作戦は簡単だ──娘を外に出し、敵に接触させ、魔導書を渡す。敵がおとなしくその場を去るつもりならこちらはその後を追い、本拠地を突き止め、その情報をしかるべき機関に与え、応援を求める。だがこの場で暴れるようなら被害が出る前に取り押さえねばならん」  ヤムセはおそろしく手慣れたようすで説明した。ミレイジュはいったい自分はどういう人間と乗り合わせてしまったのだろうかと考え始めているようで、うんうんと唸っていた。 「娘の防護はリティーヤ、おまえがやれ。私は魔術師を捜す。停車時間は三分。先に娘だけを出し、時間差を置いて我々も降車。陰で娘を護りつつ敵の位置を確認、追跡に入る」 「ほいほい」  リティーヤは気軽に頷いた。 「よし。途中何が起ころうと私の合図があるまで娘の防護は外すな。以上質問は?」 「ないです。じゃあ、ミレイジュ、気を付けて」  ぼうっとしていたミレイジュは、声をかけられて我に返った。 「あ、ちょ、ちょっと、待って。繰り返しになるけど、あの男は魔術師なの。おねえさんたちがこれ以上関わるのは危険だと思うんだけど」 「少しでも危険があるのはあんたの方。あたしたちは大丈夫よ」  リティーヤだけでなく、ヤムセまで頷いて言った。 「心配する必要はない。恐れずにいけ。少々頼りないかもしれんが、あの魔術師の魔術からはこいつが護る」 「護るって……魔術なのよ? さっきの見たでしょ。鳥が無理矢理人間の言葉喋らされてメッセンジャーにされてたの。あいつは本物の魔術師なの。ねえ、おねえさんたち本物の魔術師見たことある?」 「は? ああ、まあそりゃああるけど。あんたはあるの?」 「あるわよ。パパの仕事の関係で。でも、あの人たちってやっぱりわけがわからないわ。凄い幻を見せてもらったこともあるし、杖で地面を叩くだけで水を出すのも見たことがある。人間じゃできないことをするの。あの人たちは人間じゃないのよ」  ミレイジュの言葉に、リティーヤが幾らか気まずそうに頭を搔いた。 「えーと……人間じゃないの?」 「そうよ。そんなの相手にしたら、おねえさんたち無事じゃ済まない。私はなんとか適当に逃げ切るから、ね。今は何もしないで見てて」 「うーん。でも、ほんとそういうわけにはいかないし。それにほら、言い忘れてたみたいだけど」  リティーヤは自分と隣のヤムセを指し、笑顔で言った。 「あたしたち、魔術師だし」  列車はホームの硝子ガラス屋根の下に滑り込み、ブレーキが車体