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作者:喜多みどり
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-02(角川书店)
价格:¥514 原版
文库:角川Beans文库
丛书:光炎のウィザード(9)
代购:lumagic.taobao.com
光炎のウィザード 恋は電光石火 光炎のウィザード 恋は電光石火 喜多みどり 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。 《学アカ園デミー》の魔術師は恋を禁じられている。  青年は一枚のドアを前に立ち止まる。  講義棟の無機質な廊下、何の変哲もないドアの向こうには、少人数用のごくごく普通の教室が広がるはず。教室にはおそらく少女が一人いて、今日も机にだらんと突っ伏していることだろう、ひょっとすると無防備に寝ているかもしれない。  青年はそれを想像し、いや、冷静に想定し、深呼吸を一つする。  この目の前のドアを開けるからといって、別に緊張する必要もためらう必要もない。  これは普通のドアで、その向こうには普通の教室があって、そこには少女が一人いるだけなのだから。少女は問題ごとにやたらめったら巻き込まれるはた迷惑な体質で、なおかつ特殊な魔術を使えるが、まあそのくらいだ。ドアを開けて入ったからといって取って食われるわけではない。  それなのに、なんだって自分はこのドアノブになかなか手をかけられないでいるのだ。  青年は自問し、出てきた答えに大慌てで首を振った。  冗談じゃない。そんなことではない。そんなことは起こりえない。  自分の胸に去来した答えを振り払い、青年は勢い良くドアノブに手をかける。  一息にノブを回し、押し開けて中に入る。できる限りのきびきびした、無駄のない動作で。 「リティーヤさん、今日は定例の魔力測定──」  だが、十分な心構えをして、勢いもつけて部屋に入った青年の第一声は、そこで途切れた。  結構な衝撃を伴って、顔面に温かくて柔らかくて部分的に硬いものがへばりついてきたのだ。  獣臭さに息を詰まらせながら払い落とすと、それは小さなリスに似た生き物だった。前脚から後脚にかけて、妙に皮が余っている。  そいつは青年の足の間を走り抜け、部屋の外に脱走してしまった。  あっけに取られて見送る青年の耳を、甲高い少女の声が叩く。 「ああっ、ゼストガさんのバカー! そのトビフクロネズミちゃんを捕まえてくださいー!」 「は?」 「だからー、トビフクロ……ああ、もうっ、ほら、行きますよ!」 「行き? あ!」  青年は部屋にいた少女に腕を摑まれ、入ったばかりの部屋を飛び出すはめになる。抱えて持ってきた書類がばさばさと音を立てて落ち、急な方向転換に耐えられず、靴が廊下の上で滑る。少女の長い金髪が一瞬だけ青年の視界を支配する。  引きずられて、青年はわけがわからないまま廊下を走らされた。  毎日のテストやら実験やらに飽きた少女が、捕まえた小動物をこっそり部屋に連れ込んだと知ったのは、三十分も走り回された後のこと──。  青年は、順当な人生を歩んできたはずだった。  没落貴族の次男坊というスタートラインはともかくとして、幸運にも魔術の才を持ち、知り合いの魔術師によって大陸最大の魔術師組織《学園》へと導かれた。金と権力の集まる組織にお決まりの陰謀劇を持ち前の嗅覚とバランス感覚でうまいこと乗り切り、そこそこの魔術の才を持っていた彼は、やがてエリート集団と呼ばれる魔導書調査委員会に所属する。  生まれのせいもあって多少の野心は持っていたし、それなりの才覚もあった。運もあった。これからも上を目指して行ってやる。自信はあった。  そこへ立ちふさがったのが、一人の少女だ。  本当に、まったく、冗談じゃない。 『君はリティーヤに恋してしまったのだ』  何をどうしたらそういう答えに行き着くのだ。  恋なんて、冗談じゃない。 1 「んー」  リティーヤは頰杖をついたままぼんやりとページをめくる。秋も半ばを過ぎ、毎朝火を入れられている巨大なストーブが、背中を熱いほどに暖めてくれる。  暖かすぎて、眠くなる。  気がつけばとろんと閉じてしまいそうになる目を擦り、なんとか背筋を伸ばして黄ばんだページの文字を追う。  リティーヤが読んでいるのは、図書館に何部もある歴史大系シリーズの一冊だった。  魔術を使い人類と覇を競った《ヘビの一族》、二世紀前突如二つの種族を襲った大寒波、冷夏と不作、長い冬。それは子どもが寝物語に聞く、本当にあった恐ろしい昔話だ。大抵の子どもはそこをすっ飛ばして、キツネとラガロの化かし合いを聞きたがる。大寒波の中、ラガロという男の前に現れた物言うキツネ。ラガロはキツネをうまく騙して、魔術と世界の秘密を教えてもらう──。 「でも、キツネが騙されて魔術を教えさせられたんじゃなくて、最初っから魔術を教えるつもりでラガロに会いに来た、っていうのは、もう定説でしょ?」  隣の席から聞こえてきた声に、リティーヤは、ん、と眠たげな相づちを打って答えた。 「まあ、ねえ……そうなると、じゃあなんでキツネが魔術を教えたのかって話になるわけで」  飢えと寒さにあえぐ人類の前に物言うキツネが現れ魔術をもたらしたというのは、おとぎ話でもなんでもなく歴史的事実だ。本には幾つかの学説が紹介されている。物言うキツネの正体、その目的──仮説は幾つも立てられているが、どれもリティーヤにはピンと来ない。 「人類を救おうとした……っていうことなのかなあ」  もしキツネが魔術を与えていなかったら──。  リティーヤはそういったことを考えてみる。魔術なしに、人類はどうやって寒さに耐えられる作物を生み出したのだろう。新しい種や技術を生み出す十分な時間は与えられていない。現在の産業形態に欠かせない蒸気機関や高度な製鋼法といった技術は、その元を大寒波以前に遡るとはいえ、それが今のような形とスピードで復興・発展するには魔術による刺激と支援が不可欠だった。直接目に見える形で魔術が一般の生活に介入することはなくとも、魔術は科学同様、世界の有り様を発見し規定してきたのだ。 「でも、それだけじゃないよね」  隣の声は、リティーヤの考えを肯定し、リティーヤは促されるままに思考を言葉にする。 「そうだよねえ。魔術はキツネから人類に与えられた運命、それなら何か……もっと違う側面があるはず、だよね」 「うん、そうそう」 「キツネの期待……運命にあらがう……うーん……わっかんないや。あーあ、研究テーマ決まったのはいいけど前途多難っぽいなあ。書庫もうちょっと漁ろっかなー」 「ちょっと君!」 「ん?」  リティーヤは呼びかけに気づいてくるりと背後を振り返った。隣から聞こえてきていた声とは違う、もっと年を取った感じの声だったのだ。  司書の老魔術師が、額に軽く青筋を立てて立っていた。 「閲覧室では静かにしなさい」  気がつくと、閲覧室中の視線がリティーヤに集中していた。 「あはは、すいませぇん」  笑ってごまかすと、老いた司書はため息をついて静かに受付に戻っていった。 「怒られちゃったね」  くすくすという笑い声が聞こえる。そうね、と答えかけて、リティーヤは隣の少年を見て固まった。明るい金髪がちょっと伸びすぎた感じがする、華奢な少年だ。基礎課程の制服を少々着崩している。  彼は、凍り付くリティーヤに向かって、人なつこい笑顔を向けた。 「やあ。先生」 「ば……っ」  リティーヤはがたんと音を立てて椅子を転がし、立ち上がった。 「バゼル!」  バゼル──というのは、目の前の少年の姿をした者がリティーヤに名乗った名だ。彼はかつてリティーヤが指テイー導チング助・アシ手スタントをしていた時に知り合った学生なのだが、その正体は別にあった。 「僕のこと調べてくれてたんだね、先生」  少年の姿をしたモノは、目を細めて楽しそうに笑った。ちらりと尖り気味の犬歯が見える。 「僕が、どうして人類に魔術を与えたか──僕の目的が、知りたいの?」 「あんた何しに来たの!」 「ちょっと挨拶にね──」  身構えるリティーヤに、少年はにこやかに答えた。 「先生は、新しい運命に出逢うよ」 「なん……?」 「あるいは、運命が新しい形を取るのかな?」 「運命? あんた、また何かたくらんでるのね!」  少年は摑みかかってきたリティーヤの手をかわして、ひらりと机を乗り越えた。目立つ動きであるのに、周囲の誰も少年に注意を払っていなかった。これだけ大きな声で話しているのに、一瞥もくれない。先ほどの司書の魔術師だって、顔も上げずに書類を書いている──。  周囲が魔術でたぶらかされ、少年に欠片も注意を向けない中で、リティーヤだけが少年を、バゼルを見ていた。  彼は笑って言った。 「ところでさあ、こんなとこいていいの? 先生の研究室、今なんか大変なことになってるよ」 「何を──」  少年はリティーヤが動揺した隙に身軽に走り出し、図書館を飛び出した。  リティーヤは少年を追って図書館を飛び出し、すっかり葉の落ちた木立と、その下を歩く魔術師たちの姿を見回した。少年の姿は、どこにもない。 「なんなの、今度は……!」  新しい運命、運命の新しい形。あいつはそんなことを言っていた。  それから──。 『先生の研究室、今なんか大変なことになってるよ』  リティーヤは、急いで図書館にとって返し、鞄とコートを回収すると、研究室のある第四研究棟に走った。  人類に魔術をもたらしたのは物言うキツネ。そしてキツネから最初に魔術を教えられた男の名はラガロ。  ラガロが、キツネに教えられた世界の謎を解くため、寒冷化を食い止めるために作り出した組織が、大陸最初の魔術師組織、《学アカ園デミー》だった。  リティーヤは、その《学園》の専門課程に在籍する魔術師見習いである。  所属は魔力環境研究室。室長を入れても五人の、小さな研究室である。 「な」  第四研究棟はリティーヤが本を読んでいた図書館西分館から歩いて五分のところに建つ。広大な《学園》の西の端に建つ建物で、これ以上先には試験農場と原生林くらいしかないため、僻地だのなんだの言われている。  その三階、所属する研究室の前に辿り着いたリティーヤは、震える声を張り上げた。 「何これえええええええええっ!」  いつもの研究棟のいつもの研究室に、見知らぬ男女が何人も出入りしていた。次々と運び出されていく書類、本、日誌、その他ファイルされた資料、そして出入りの男女の腕に見える腕章は、濃紺の地に白と銀の刺繡入り──内部調査局の印だ。  内部調査局は《学園》の防諜機関。内通者を取り締まり、拷問、暗殺の噂も囁かれる。  その内部調査局が、研究室に踏み込んでいた。  窓の外では、鮮やかな黄色に色づいたイチョウが、青い空に真っ直ぐ枝を伸ばしていた。  秋晴れのその日。 《Aエース》位の魔術師にして副学長の一人、魔力環境研究室の責任者であるロードマスターが、他組織への内通罪で告発された。これを受けて内部調査局は魔力環境研究室への立ち入り捜査を強行、さらに《学園》の教育研究評議会は、研究室の一時閉鎖、および所属研究員が行ってきた調査研究活動の停止を決定する。  リティーヤには、わけがわからなかった。 2  魔力環境研究室に所属するのは五人。そのうち三人が、告発のあった日の午後、研究室の隣にある応接室に集まっていた。 「う、うちの研究室どうなっちゃうんですか……!」  研究室同様本がはみ出している本棚と、申し訳程度に置かれたソファの間を、リティーヤは落ち着きなく歩く。落ち着けるわけがなかった。室長が告発され、自分たちは研究活動を停止させられた。もしも、本当に室長が内通罪など犯していれば、自分たちもこの研究室もただでは済むまい。最悪、研究室が取りつぶされてしまう可能性だって──。 「どう、だって?」  だが、返ってきたのは、あくび混じりの声だった。リティーヤは驚いて声の主を振り返る。  それはチョコレート色の肌をした小柄な女性で、片腕をソファの背に回して足を組み、どっかりとソファに座っていた。そういった仕草、あるいは、男物のズボンを穿き、《学園》支給のコートを着込んだ姿は傲慢なまでに男性的だったが、彫りの深い顔立ちは少女のように愛らしい。  名はテヨル。リティーヤの先輩に当たる女性魔術師だ。 「だ……だって内部調査局って、あの内部調査局でしょう? ミカとか、ユローナとか追ってた。すごい力あって、口割らないと、ご、拷問されちゃうって噂聞いたことあるし……」 「拷問なんてのはな、リティーヤ」  こみ上げてくるあくびを嚙み潰して、テヨルは言った。 「する価値のある人間にするんだよ。あんたにしたって今日の昼食のメニュー吐くだけだろ。余計な心配しないで黙って座ってな」  それは確かにそうだが、それでは、する価値のある人間──つまりテヨルとかヤムセとかは拷問でもなんでもされて情報を吐かされるかもしれないということだ。  恐ろしいことを想像してしまって、リティーヤはぶるりと震えた。 「なんだよ、怖いのかい」  心配している相手に真っ正面から不思議そうに言われ、さすがにむっとして言い返す。 「そりゃ怖いですよ! テヨルさんこそなんでそんな平気そーなんですか! ロードマスターがほんとに内通とかいうことになっちゃったら、研究室潰されちゃうんですよ!?」 「それはナイ」 「そんな、信用してるのかもしれないですけどもしものことだって──」 「あんたの口から、もしものこと、なんて言葉が出てくるなんてね」 「テヨルさんっ」  リティーヤは、ロードマスターに会ったことすらない。  ロードマスターは副学長という役職もあってかなり多忙だ。この半年の間に研究室に顔を出したのはわずか二回、いずれもリティーヤはたまたま不在で顔を合わせていない。というか、研究室に捜査が入った今でさえ、ロードマスターは行方不明のままなのだ。  だからテヨルにこんなふうに言われても、まったくピンと来ない。  テヨルは興味なさそうに茶を啜り──渋かったのか顔をしかめて、ミルクピッチャーに手を伸ばした。 「とにかく、あたしはあの人を信用なんかしてない。でも研究室が潰されることはない。なんでかっていうと、ロードマスターが戻ればどうとでも対処して、告発内容が事実だろうがそうじゃなかろうが潰しちまうからだ」 「でも、内通ですよ!? 研究室にだって、こんなふうに踏み込まれて……」 「リティーヤ」  低く、よく通る男性の声がリティーヤの名を呼んだ。  リティーヤの指導教官であるヤムセだ。 「口を閉じて、座れ」  ヤムセは黒髪長身の若手魔術師で、今はテヨルの向かいのソファに座って、もう幾つ目かわからない角砂糖をカップに投入していた。その隣には確かに人一人分の空間がある。  そこがリティーヤの居場所だ。  だが、リティーヤはいっそうむっとして腰に手を当て、ヤムセを睨みつけた。 「や、です!」 「やじゃない」 「説明してくれなきゃやです!」 「……見ろ」  ヤムセは面倒くさそうにドアの方を指した。  ドアの脇に、内部調査局の腕章を巻いた魔術師が一人、ひっそりと空気のように立っている。  監視だ。 「監視の人がいます」 「そうだ。だから口を噤め。おまえが口を開くたびにこっちは心拍数が上がる」 「恋ですか先生!?」  ぶ。  テヨルが茶を噴き出した。  ヤムセはひるむことなく、淡々とリティーヤの言葉を訂正した。 「おまえが妙なことを言って疑いの種を蒔くようなことにならないかと懸念しているという意味だ。懸念であって懸想ではない」 「懸想かあ。先生の言い回しって古風だなあ」 「我々にできるのは、二つだけだ」  ヤムセはリティーヤの言葉を完全に無視した。 「一つはロードマスターを捜し出して接触すること。大陸のどこにいるかはわからんがな。もう一つは、ロードマスターが戻るまでこの局面をやり過ごすことだ」  服に零した茶を拭きながら──ミルクを入れてしまった後だったから、妙な臭いがつくかもしれない──テヨルが物憂げに頷く。 「ロードマスターが戻って来たら、嫌でも解決しちまうんだ。結局それで終わっちまう」  リティーヤはまだ見ぬ室長の人となりを考え、首を傾げた。確信に満ちた言葉を聞いている限りでは、少なくともテヨルはよほどその相手を信頼しているようだ。いや、まあ、内通は疑っているから信頼と言っていいのかどうかは謎だが。  ヤムセは、砂糖の入れすぎでもはや茶の味がするとは思えない元・茶を満足そうに啜り、テヨルをちらりと見て言った。 「今回はそううまくいくかはわかりませんが。副学長を内通罪で告発するのに、証拠もないとは考えられません」 「でもねえ、ロードマスターだよ。証拠があったって、相手が悪すぎる。まったく、敵さんもどうせうちの研究室に喧嘩売るなら拳で打ってくれりゃあいいものを。政治なんか持ち出しやがって……」  リティーヤはテヨルの言葉に首を捻った。 「喧嘩……?」 「喧嘩だよ、こりゃ。ほら。リティーヤ、あんたフレアバタンで色々あったろ? でもって、ヤムセにその時の責任おっかぶせて、教官資格取り消せって訴えたやつらがいただろ。あれの延長線上の話」 「あ……」  それは記憶に新しい。訴えを起こされたのは古王国の首都フレアバタンから帰還してすぐのことだ。リティーヤには具体的な動きは政治的過ぎて理解できなかったが、最終的にはテヨルだのバドだのが裏から手を回して、事なきを得たはずだ。 「で、今度はその同じ連中が、内部調査局を使ってロードマスターを捕まえちまおうとしてる。指導教官の次は室長。わかりやすいやつらだね」 「じゃあ──」 「そう。あいつら、あんたの調査にうちらが邪魔なんだよ。ヤムセとか研究室とかそういうのが。だからそれをどーにかしちまおうとしてる。つまり、」  その時ドアがノックなしに開いた。  ドアの向こうから現れた人物を視界の端に納めつつ、テヨルは最後まで言った。 「この大騒動は、最初っから跳ね返りバカ娘の身柄を得るための魔導書調査委員会の方便だったってわけさ。な、ゼストガ」  内部調査局の魔術師らしい男を背後に従えて入ってきたのは、まさしくその銀髪の青年──魔導書調査委員会のゼストガだった。 「やあ皆様おそろいで。一人重要な方がいらっしゃらないようですが、それはまあ仕方ありませんね!」  美しい、と言って良いほど整った顔に気持ち悪いくらい爽やかな笑みを浮かべて、ゼストガは言った。なんだか甘ったるいチョコアイスにミントを散らしまくったようで、すでに飽きるくらい顔を合わせているリティーヤは胸焼けがしてくる。 「うえ……えーとつまり悪いのは全部ゼストガさんなんですね?」 「はっはっは、相変わらずリティーヤさんは頭の中身が耳から溶けて流れ出てますね! 悪いのは内通したロードマスターで、僕らはそんな危険な研究室からリティーヤさんを一時的に保護するよう……」  ゼストガはそう言いながらソファを回り込んでリティーヤに近づいてきたのだが、そのリティーヤとゼストガの間を隔てるように、何かが高速で飛んできて、壁にぶつかってがちゃんと割れた。  それは先ほどまでテヨルの手にあったミルクピッチャーだった。  リティーヤがおそるおそる見やると、テヨルはこれ以上ないと言っていいくらい剣吞な光を目に宿し、ゼストガを見据えていた。 「言葉に気をつけな、優男。妙なこと言いふらすんならそれなりの手段に打って出てやるよ」 「おや怖い」  ゼストガは心地よい涼やかな笑い声を立てた。  二人の間で散る火花が見えるようだ。  リティーヤはぽりぽりと頭を搔いた。  魔導書調査委員会はリティーヤの持つ魔力に目をつけ、この青年を送り込み、監視させつつ彼女の魔力を調べている。彼らの目的はリティーヤの魔力、大陸から失われたはずの〈昼〉魔力の研究だ。だが肝心の研究はリティーヤの実地フイール調査ドワークなどでしばしば中断させられ、おまけに研究室からは調査委員会の実験には倫理的な問題があると難癖つけられ、思うように進まない。  そしてついに業を煮やした調査委員会は、リティーヤの身柄を確保するため、邪魔なロードマスターを告発し、研究室を閉鎖に追い込んだ、というわけだ。  だいたいの図式を理解して、これって結構まずい事態なんじゃないのかなー、とリティーヤは考え込んだ。 「リティーヤ、茶。新しいカップで」  声をかけてきたのはヤムセだ。はいはい、と答えて、リティーヤはとりあえず指示に従い、茶を淹れることにした。  適当な量の茶葉を適当にポットに放り込み、ストーブにかけていたやかんから湯を注いでポットに蓋をする。注ぐ時にテーブルに零れた湯を慣れた様子のヤムセが布巾で拭く。 「ね、先生。一人重要な方がいらっしゃらない、って……ロードマスターのことですよね」 「む?」 「ってことは、バドさん忘れられてますね」 「……そういえばいなかったな」  研究室の残る一人、ロードマスターの留守中に研究室を預かるバドは、別室で内部調査局の捜索に立ち会っている。  リティーヤは適当なところでぶるんぶるんとポットを揺すって抽出液が湯の全体に行き渡るようにしてから、じょぼじょぼと盛大にカップに茶を注いだ。茶こしを使うのを忘れたので茶葉がカップに入る。  ヤムセはこぼれた茶をまた布巾で手早く拭いて、カップとソーサーをゼストガの方に突き出した。  ゼストガは気味悪そうにそれを受け取り、カップに口を付け、途端に噴き出した。 「……げほっ、まずっ! これどう考えても茶葉入れ過ぎでしょう! そのくせ抽出時間短いし! なんか変な成分だけ出てますよ!」  ヤムセは感慨深げにその様子を眺めて言った。 「製造過程を見ていたくせに飲む辺りに愛を感じるな」 「そういうこと言わないでください、違うって言ってるじゃないですか!」  目をつり上げ端整な顔を歪ませるゼストガを見やり、テヨルがぶつぶつ言った。 「ヤムセ、我慢して飲むのがアイならうちらまでリティーヤをアイシテルってことになっちまうよ。勘弁してくれ」 「我々のは義務でしょう」 「義務?」 「いつかコレがまともな茶を淹れられるようにしなければならないという義務です。我々はその日までえぐい茶を啜り続ける定めなのです」 「最悪だねえ」  今の会話で毒気を多少抜かれたのか、テヨルはため息をついて、カップにわずかに残っていたミルクティーを飲み干した。  すべてに置き去りにされたのはリティーヤだ。  リティーヤは視線をゼストガに向け、ヤムセとテヨルに向け、それからゼストガの後に続けて入ってきた男に向けた。  男はドアの脇にいた監視役と、二、三言葉をかわしていたが、リティーヤと視線が合うと軽く目礼してきた。リティーヤも慌ててそれに返す。  せっかくなので、リティーヤは本棚とソファの間をすり抜けて、彼らの方に近づいた。 「あ、えと、ちょっとお尋ねしたいんですけど」 「なんだい」  監視役と話していた男は、落ち着いた雰囲気の、ヤムセと同年代と思われる魔術師だった。 「あのぅ、どうしてここにゼストガさんが?」 「君の保護責任が、研究室から魔導書調査委員会に移ったからだ」  きわめて簡潔に、明確に、男は言った。  リティーヤはきょとんとして、それから、心臓がどくりと鳴るのを覚えた。 「これは評議会の決定だ。本来ならロードマスターから事情を聞かなければならないが、当のロードマスターが不在ではどうにもならない。君の指導教官もテヨルさんもこの研究室の人間である以上捜査対象で、一時的に権利と資格に制限を受ける。現状では君に責任を持てる人間は、誰もいない。だから、その責任を一時的に調査委員会が負うことになった。今この時からだ──わかるね?」  リティーヤだけでなく、ヤムセもテヨルも口を噤ん