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作者:中臣悠月,すがはら竜
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-24(角川书店)
价格:¥580 原版
文库:角川Beans文库

代购:lumagic.taobao.com
平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです 平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです 中臣悠月 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 序章 第1話 タイムスリップしたみたいなんだけどどこの時代なのかさっぱりわからない件 第2話 攻略対象一人目と出会ったようです 第3話 私は世界を救わなくていいのでしょうか? 第4話 自己紹介したらブチ切れられたんだけど何が間違っているのか教えて欲しい 第5話 そろそろ私の身に起きたことをありのまま語ろうと思う 第6話 助けて! 元の世界への帰り方がわからないんで至急アドバイスが欲しい! 第7話 三人目の攻略対象が陰陽師として現れました 第8話 陰陽師がノーマルエンドに至る攻略法を知っているようです 第9話 陰陽師がノーマルエンディングのフラグを立ててくれたようです 第10話 みんなで力を合わせて壁サークルを目指すことにしました 第11話 至急、誰か教えて欲しい。どの選択肢を選ぶのが正解ですか? 第12話 勝者は真に善なる者か? 敗者を救うたったひとつの冴えたやり方in『伊勢物語』 第13話 今度こそちゃんと、動画アップできるクオリティで琴を弾いてみた 第14話 物語を作ってみたら、どこかで聞いたようなストーリーになってしまったんだが 第15話 気がついたら『源氏物語』の原案者になっているみたいなんですけど 第16話 王道は正義! シンデレラは永遠にすべての女子の憧れなのです 第17話 式部さんと巡る! 京の都のドキドキ廃屋ツアー 第18話 陰陽師がやって来たら、なぜか修羅場になってしまったのですが 第19話 実況『源氏物語』誕生の瞬間に立ち会っています 第20話 私は『源氏物語』最初の巻の名付け親になってしまったようです 第21話 源氏の君にはたくさんのフラグが立ちましたが私のフラグは……? 第22話 式部さんとの七夕イベントは期間限定。一期一会ですか? 第23話 式部さんの代わりをするだけの簡単なお仕事です 第24話 式部さんの代わりをするだけの簡単なお仕事に立候補したいのですが…… 第25話 式部さんの代わりをするだけの簡単なお仕事 準備編 第26話 式部さんの代わりをするだけの簡単なお仕事 手習い始めます 第27話 式部さんの代わりをするだけの簡単なお仕事、採用結果は……? 第28話 これは残留エンド失敗のフラグですか? 第29話 平安時代にタイムスリップしたら藤式部になってしまいました 終章 あとがき  私がモテるなんて、天地がひっくり返ったってありえない!  17年間そう思って生きてきたのに、いま私の目の前で繰り広げられているこの逆ハーレムな状態。これをいったい、なんと説明すればよいのだろうか。  私から見て一番左側に座っている男性が、 「御簾越しでもよくわかる、透き通った玉のような白い肌。その白魚のような美しい御手を思い切り握りしめてみたいものよ」  と言いながら、御簾の下からおのれの手をそっとこちらに伸ばしてくる。ちなみに、この男性は旧知の仲などではなく、最近、顔を見るようになったなぁ、という程度の関係性でしかない。  そして、お褒めの言葉を頂戴している白い肌にしても、別に、常日頃から美容を気にしていたわけではなく、帰宅部でオタクで、家に引き籠もってゲームやマンガの世界を楽しんでいた結果、日焼けしていないというだけのこと。  そんなことを考えていると、先ほどの男性のすぐ右横にいる男性が、自分の扇で隣の男性の伸ばした手をピシャリと叩く。隣の男への牽制なのだろうか。 「その玉の肌が映えるのも、式部殿の見事な黒髪があってこそ。艶やかな髪にいつか触れてみたいと思うものよ」  今度の男も歯の浮くような台詞を囁いてくる。  この髪も、特に意識して伸ばしたわけではない。オタクのコミュ障にとって、美容院は鬼門である。そこは、イケメン美容師がペラペラと話しかけてくる恐怖のスポットなのだ。つまり、いまの状況も私にとっては苦痛なのだが、もちろん面と向かって言うことはできない。  これが、ゲームの世界なら、選択肢を選んでボタンを押すだけだから簡単なのに。 「どうやらお二方は、式部殿の外側しか評価しておられぬようだ」  いままで黙っていた一番右側の男が口を開く。 「式部殿のことを褒めるのであれば、やはり彼女のその才知をこそ褒めるべきではなかろうか。先日、中宮様に献上されたという、あの『源氏の君の物語』のなんと素晴らしかったことよ。物語なぞ、女子どもの読むものよと侮っていたかつての私をなじってやりたい。もっと早く読むのだったといまの私は激しく後悔しているのです。なにしろ、お主上まで、『この者は〝日本紀〟をよく読んでいるようだ』と、その知識に感嘆され、お褒めになられたそうではないですか」  あああ、とうとうその話ですか!  そもそも私は『源氏物語』について、ざっくりとした知識しか持ち合わせていなかった。単に、〝跳ばされて〟しまったこの世界で、私を救ってくれた恩人が困っていたから、少しでも力になれればと思って同人ノリで自分の好きな妄想を垂れ流したものが文章になっただけなんですってば!  そんな真実を暴露してしまいたい衝動に駆られるが、もちろんその恩人のことを考えると、ここは静かに黙って微笑んでおくしかないのだ。  なにしろ突然、右も左もわからない平安時代に〝跳ばされて〟しまった私。ふつうだったら野垂れ死んでいてもおかしくない状況で助けてくれた人たちがいたら、彼らのためになんだってしたくなるじゃない?  それがまさかこんな大事に発展するだなんて……。  そもそも、なんで現代人の私が平安時代で貴族の生活をすることになったのかというところから説明しようと思う。事件が起きたのは、高校の修学旅行の四日目。奈良・京都を四泊五日で巡るという旅程の最後のお楽しみともいえる、京都での自由行動の日だった。 「京都ってレイヤーの心をくすぐる街だよね~」  私は友達の奈々美と一緒に、朝から花魁になったり、舞妓になったり、心ゆくまでコスプレを楽しみ、スタジオで写真をたくさん撮ってもらった。京都には、着物をレンタルするだけではなく、舞妓や芸妓、花魁の衣装を着付けて、いかにもな背景を設えたスタジオで写真を撮ってくれるお店がたくさんある。  そして、最後のしめは一番のお楽しみ、十二単の着付け。これは、着付け体験できるところが少なく、あっても高価なところが多いせいか、まだあまりメジャーではない。  しかし、京都といえば、やはり平安で雅なロマンを楽しみたいというもの。これだけは絶対にはずせないだろうということで、奈々美と相談して予約しておいたのだ。 「十二単というのは通称で、女房装束、裳唐衣などが正式な名称なんですよ」  と、着付けをしながら説明をしてくれる着装師さんも、ベテランのオーラが漂っている。  白の小袖に濃い小豆色の長袴。これだけでも、外に出て行けそうな着物に思えるけれど、実はこれ、まだ下着の段階なのだそうだ。 「この上に、単、五衣と重ねていきますよ」  ただ重ねるだけではなく、一枚羽織っては胸のところを紐で固く結び、次の一枚を羽織ったら下の紐はほどいてしまう。それの繰り返しだ。五衣の時点で、もう七枚の重ね着になっていて、かなりの重量にクラクラしてくる。 「五衣が五枚と決められたのは12世紀頃のことで、その前はもっと重ねて着てはったそうですよ。十数枚重ねた方もいはったとか」 「そんなに着たら歩けないよね」 「無理、無理」  私たちは笑った。  そして、五衣の上には、さらに打衣、表着、唐衣、裳と重ねていく。鬘の重さも加わると、人一人……いや、二人ぐらい背負って立っているようで、足下がおぼつかない。 「さあ、できあがりですよ。お二人とも、綺麗にならはって。写真撮りますからね。足下にお気を付けて、ゆっくりとこちらに歩いて来てくださいね」  ああ、これはすり足にならざるを得ないなと思いながら、一歩一歩ゆっくりと前に進む。 「そこ、スタジオ入るのに段差がありますから、お足下お気をつけて」 「はい!」  と声だけは元気よく答えたものの、帰宅部の私の体力は既に限界点を超えていた。  つま先だけほんの少し上げることができる状態。段差を乗り越えることはできず、私はものの見事に段を踏み外してしまった。さらに、腰に付けられた裳や鬘がどうにも重くて、脳貧血を起こしたときのように、身体が後ろに後ろにと引っ張られて行く。 「香子っ!」  奈々美の悲鳴がなんだかすごく遠くに聞こえた。  そして。私はそのまま、どんどんと落ちて行く。  あれ、どうして床に身体がつかないの? 私が踏み外したのは昇り階段の一段目だったはず。なのに、どうして私の背中は、いつまで経っても床に届かないのか?  いつの間にか、右も左も上も下もわからない、真っ暗闇の中に私はいた。暗闇の中を、下に下に落ちて行くのだ。いや、上も下もわからないのだから、落ちて行くというのも間違った感覚かもしれない。  もしかして、私は階段を踏み外して死んでしまったんじゃないだろうか。これは、あの世へのトンネルなのかもしれないとも思う。  そして、どれぐらい時間が経ったのだろう。五分かもしれないし、一時間かもしれない。  突然、私の背中に地面の感触が確かに感じられた。地面……そう、建物の中ではない、かといって舗装されたアスファルトでもない、砂か砂利のようなところに私は横たわっている。  天空には夜空が広がっていた。夜空、ということは、やはり相当の時間が経過してしまったのだと私は悟った。きっと、途中で気でも失っていたのだろう。階段を踏み外したのは、確かまだ夕方だった。  しかし、何かがおかしい。昨日の夜も京都に泊まったけれど、こんなにたくさん星が見えていただろうか。まるで天の川が全天に広がったかのような星空。相当な田舎にでも行かないと見られないであろう星空が上空に広がっている。  首をひねって、辺りを見回してみるが、大きなお寺の塀のようなものが左右に広がっているし、そんな田舎にいるとは思えないのだけれど。階段を落ちただけで、京都から田舎に移動するなんてありえない。だから、星空のことはきっと私の勘違いなのだろう。確かにものすごく落下したような覚えはあるが、どんなに落ちても地球の裏側に行くことはないのだから。だいたい、地球の裏側だとしたらここはブラジルだ。  とにかく、起き上がってここがどこなのかを確かめて、道を聞いてホテルに帰らないと。  携帯は十二単に着替えるときに、バッグの中にしまったままだから、GPS機能は使えない。メールで連絡もできない。  私の腹筋力では、十二単を着たまま仰向けの姿勢から起き上がるのは難しかったので、寝返りをうつようにして横向きになり、腕の力を使って少しずつ身体を起こすことにした。  しかし、暗い。東京に比べて、なんて暗い街なのだろう。街灯のひとつも見当たらないし、車のヘッドライトも何も見えない。  本当にド田舎にテレポートしてしまったんではなかろうかと不安になってきた頃、遠くから牛の鳴き声が聞こえた。目をこらすと牛と、その横には松明らしきものを持った男性二人が歩いているのが見える。  ああ、ド田舎決定か。自動車ではない、牛に車を引かせて移動手段としているとは……。  しかし、落ち込む前にまずここがどこなのかを確かめなければならない。と言っても、見知らぬ男性にこちらから声をかけて尋ねるのも気が引ける。  私は半身を起こした状態で、数十メートル先からやって来る人たちに視線を向けた。  ──できれば私の存在に気付いて……。  そんな私のテレパシーが通じたのか、牛と人の隊列がゆっくりと止まる。二人で何か相談をした後、一人が後ろに走っていくのが見えた。  まさか……こんな道に横たわっているなんて不審者扱いされて、通報でもされるのだろうか。  ようやく暗闇に慣れてきた目で、その男の周囲を見ると、牛の後ろには御神輿のように豪華な箱のようなものが繫がれている。荷車にしては豪華過ぎる。まさか、これは平安時代もののマンガやアニメでよく見る〝牛車〟ではないだろうか……。そういえば、松明を持った男の着ている服も、まるで昔の人の服装だ。神社で働いている人なのかと思っていたけれど、さすがに松明というのはおかしい気もする。  でも……まさか、本当にタイムスリップしてしまった……なんてこと、ないよね?  現実にそんなことが起きるだなんて……。などと考えているうちに、先ほどの後ろに移動した男が、今度は私の方に走って来る。  そして、私の近くまで来ると急に跪いて、その姿勢のまま、 「姫君」  と、言った。  ──は、はあ!? 姫君? いったい……誰のこと?  周りを見回す。私の他には、その男しかいない。 「大変失礼ですが、我が主が姫様をお宅までお送りしましょうかと申しております」  相変わらず平伏した状態なので、目線の先はわからないけれど、まさか私のことを姫君と呼んだのだろうか。 「どういうご事情かは存じませんが、その見事な唐衣から察するに、やんごとないご身分の姫かと存じ上げます。ご無礼ではございますが、お力になれればと主は申しておりますが」  私はいまだ重くて立ち上がれないまま、あらためて自分の着ているものを見下ろした。  確かにレンタルではあるけれど、絹のとても素材のいい織物を使っていると説明はされた。しかし、それだけで〝姫君〟なんて呼ばれるのだろうか?  否、現代ではそんなことはありえない。現代の日本には姫君なんていないのだから。  だとしたら、本当にタイムスリップ?  これまで、極力、話をすることは避けて来たリアルな男性。でも、〝ここ〟がいったいどこなのか、苦手な男性であろうとも、質問しなければならない。 「あ、あの、いまは……えっと……その何年ですか?」  男は、私の突拍子もない質問にあまりに驚いたのか、あるいは私のオドオドした挙動不審な態度に驚いたのか。平伏していた頭を上げて、目を丸くしながら答えた。 「え……、長保四年にございますが、それが何か……?」  チョウホウ四年? 聞いたことがない。  耳慣れない元号を口にするのは、平安時代のような装束を着た人……って、私、本当にタイムスリップしてしまったの!? ちょ、ちょっと、ちょっと……待って!  だとしたら、私はいったいどうやって元いた世界に帰ればいいの!?  動揺を隠しきれない声で、私は再び問う。 「あの……その、それは西暦で言うと何年……なんでしょう?」 「セイレキ……? とは、星の暦か何かでございましょうか。私どもにはわかりかねますが、後で主に陰陽師を呼ばせますか?」  ──ありえない、ありえない!  いや、確かに乙女ゲーやマンガでは定番の展開ですよ。タイムスリップ。  しかし、そんなことがまさか私の身に起こるなんて。信じられない。  そして、目の前の人物の言っていることが真実であり、タイムスリップしたと仮定して、そこがいったいいつの時代かがわからないなんて!  タイムスリップした主人公たちは、どうしてみんなタイムスリップした先がどこで何時代だってすぐに把握できていたのだろう。私の脳内ボキャブラリーには、「チョウホウ」なんて存在しないのだ。  どうしよう、どうしよう。いや、そもそもいつかわからないことがどうしようなのではなくて、本当にタイムスリップしてしまったんだとしたら……? 「……わからない……どうしよう……」  私は、ブツブツと口の中で呟く。 「姫様?」 「あの……えと、お、送ってもらいたいです。で、でも、帰り方がわからない……んです!!」  もし、これがゲームの世界だったなら、こちら側に私を召喚した人がいて、この世界についての仕組みやらしきたりやらを私に丁寧に指南してくれたり、この先の歴史が書いてある便利な本が手元にあったりするのかもしれない。  しかし、いまの私が持っているアドバンテージといえば、着ている装束が高級なためどこぞの姫君に間違われているという、ただこの一点だけだ。たまたま、良心的な人に巡り会ったから、「送りましょう」と言ってくれているが、最初に出会ったのが盗賊なんかだったりしたら、「ぐふふ、この衣は高く売れそうだぜ。女の方も変態貴族に売っぱらっちまえ」というような展開になって、私の命はもうなかったかもしれない。  もし、本当にタイムスリップしてしまったのなら……。  私が選ぶことのできる道はただひとつ。  姫君のふりをして、手を差し伸べてくれている善良な人に助けてもらうしかないのだ。  先ほどの私の「帰り方がわからない」という言葉を聞いて、明らかにおろおろしはじめた男性に不審がられてこのまま逃げられたりしたら、即バッドエンドが待っている気がする。  タイムスリップという異常事態にバクバクする心臓。  パニックのあまり変なことを口走らないよう、 「ここはゲームの中、選択肢を間違うと即バッドエンドよ、クイックセーブもしていないの」  と、自分に暗示をかけるように言い聞かせて、慎重に選択肢を選ぶ。  といっても、その選択肢も私自身が作ったものなのだが。 1.私は未来からタイムスリップして来てしまったみたいなんです。助けてください。どうやったら未来に帰れますか? 2.ここは映画村ですか? カメラはどこ? 私は、修学旅行で京都に来ているので、ホテルまで送ってください。 3.ここまでどうやって来たものか、記憶が定かではないのです。帰るべき家すら、思い出せないで困っています。  ここは、3。3が安牌。というか、絶対に3しかありえない。  記憶を失った姫君の演技をするしかないのではないか。  しかし、そう決めてもやはり口ごもってしまうのは、三次元に生きる男性とコミュニケーションした経験がほぼゼロに等しいためである。 「あ、あの……取り乱して……申し訳ありませんでした。わ、私、ここまでどうやって来たものか、まったくわからないんです。ええと……、帰るべき家すら思い出せなくて……」  と、泣き真似をする。ああ、この選択肢が間違っていませんように。面倒くさい女だと思われて、ここに放り出して逃げられませんように、と願いながら。 「私の一存では決められませんので、主に伺ってまいります」  男は一礼すると、再び車の方へと走って行った。ああ、主が「そんな面倒な女は放っておけ」なんて言う鬼畜設定のキャラではありませんように。待っている間は、不安でとても長く感じられたけれど、実はたいした時間ではなかったのかもしれない。先ほどの男は、主らしき男と連れだって私のもとに戻って来てくれた。よかった、バッドエンド回避のようだ。 「主」と呼ばれていた男は、先ほどの男よりも高級そうな薄青い織り地の装束に、黒い冠をかぶっていた。冠の下の顔は、暗くてあまり見えないけれど目は一重で全体的にあっさりとした顔立ちで、こういうのが公家顔なのかなぁ、なんて思う。年の頃は、私と同じぐらいだろうか。  そして、手に持っていた自身の扇を、私の方に広げながら差し出してにっこりと微笑んだ。  突然差し出された扇に戸惑い、私の動悸はさらに速まる。  これはいったいどういう意味だろうと、私が無言のまま、手も伸ばさずにいると、 「姫君、この扇を使ってください」  と「主」らしき青年は涼やかな声で囁き、また爽やかな笑みを浮かべる。  一瞬、ぼうっとして頭が真っ白になった後。  ──そういえば、もしここが本当に平安時代なのだとしたら……。この時代の姫君は扇で顔を隠すんだったっけ……。  と、かつて読んだマンガの絵面を思い出す。私は扇を受け取り自らの顔の前に広げた。  さらに、「主」なる青年は、衣装の重さで立ち上がれないでいる私の苦労を察したのか、 「姫君、もしよかったら私のこの手に摑まってください」  と、手まで差し出してくれるではないか。なんともスマートな仕草。さすが貴族……たぶん、だけど。ああ、確実にバッドエンド回避。  この男性が、どんな家柄の貴族で、どういった性格なのか、まだまだまったくわからないけれど……とりあえず攻略対象一人目との出会いはクリアということでいいんだよね?  そんなふうに頭では乙女ゲームとして処理しようとするけれど、実際に差し出された男性の手を握るのはためらわれる。これまで、父親以外の男性の手に触れたことなどないのだから。 「大丈夫でしょうか? 具合でも悪いのですか?」  私の様子を不審に思ったのか、そう問いかけてくる青年に怪しい者だと思われないように、「ええい、ままよ!」と私は震えながら手を伸ばす。  タイムスリップ、そして若い男性と手を繫ぐという、私にとってはありえない出来事の連続に卒倒しかけながら、重い装束を引きずりつつ、車までなんとか歩いて行ったのだった。  私はおそらくものすごくいい人に拾ってもらったのだろう。車に同乗させてくれた青年は、 「私は大学寮に通う文章生です。家族に私よりも才がある者がいるので、拙宅までいらっしゃいませんか。その者でしたら、姫君が記憶を思い出すためにどうするべきか、家族を見つけるにはどうすべきか、私より良い知恵を出してくれると思うのです。姫君にはあばら屋に見えるかもしれませんが、住まいは鴨川のほとり、東京極大路沿いにあります」  と言う。ところどころわからない単語は含まれていたけれど、おそらく大学生で鴨川の近くの家に来ませんか、と言っているのだろう。  もちろん、現代でこのような誘い文句を言われたら、何をされるかわからないと思い、首を横に振り全速力で走って逃げるはずだ。私にもそれぐらいの分別はある。だが、いま。平安時代と思われるこの場所では、本当に誰一人として頼るものがない身なのである。  そう、たとえ、この好青年が貴族のふりをした盗賊だったとしても。  ついて行かずにこのまま夜の道にぼうっとしゃがみこんでいたなら、きっとまた別の夜盗に拐かされるだけだろう。いや、いきなり後ろからバサーッと刀で斬られ、殺されてしまうかもしれない。  とにかく、この人について行かなければ、このゲームが詰んでしまうであろうことは明らかだ。私は、ただただ首を縦に振った。  しばらくして、牛車の動きが止まる。おそらく青年の邸に着いたのだろう。彼の邸は、昨日の班行動で観光に行った京都御所のような造りで、いくつかの建物が廊下で繫がっているようだ。大きさだけで言えば、かなりの豪邸である。  しかし、松明の灯りにほのかに照らされた邸を、目をこらして見ると、ところどころ塀の一部が崩れていたり、庭には雑草のようにしか見えない草が腰辺りまで生い茂っていたりする。 「あばら屋」と言ったのは、謙遜ではなかったらしい。  家の中に入ると、現代のような明るい照明器具は当然ひとつもなく、先導してくれる女性の持つ小さな灯りだけが頼りである。その女性が手にしているのは、油の入った小皿のようなもので、そこに浸された芯に火が点されている。さらには、 「そこ、床板が腐っているんで、左に寄ってください」  などと、先ほどの青年による恐ろしげな道案内が後ろから聞こえて来る。  どこからか、雅やかな琴の音など聞こえては来るのだが、もしや妖怪などが宴を開いているのではないかとビクビクしてしまう。  そして、この着慣れない長袴とかいうボトム。これがまた、ズルズルと後ろに長く布が引きずれて、余った布を踏んでしまいつんのめりそうなのだ。長く暗い廊下を歩き続け、「才がある」という家族の部屋にたどり着いたときには、私はもうヘロヘ