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作者:山吹ミチル,萩原凛
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-02(一迅社)
价格:¥972 原版
文库:一迅社文库Iris

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伯爵令嬢の婚約状況 (アイリスNEO) 目次 1 喧嘩を売られましたので、戦闘開始しますわ 2 やられたらすぐにやり返す主義ですの 3 とんでもない勘違いをしていました 4 そりゃあ、そうなりますわよね 5 恋の悩みは難しいのです 6 再び戦闘開始しますわ 7 今度の敵は一人ではありません 8 ものすごく納得がいきませんわ 9 追憶 10 微かな疑問ができましたわ 11 ものすごく呆れられてしまいました 12 なぜか、こうなりましたわ 番外編 ある休暇の一日 あとがき 伯爵令嬢の婚約状況 1 喧嘩を売られましたので、戦闘開始しますわ  社交界という場所には独特の空気と、そしてルールがある。  例えばダンスの誘い以外では、知人から紹介を受けていない人物に話しかけてはいけない。同じ人物と三回以上ダンスを踊ってはいけない。女性がスモーキングルームに入ってはいけないなどなど。  ここでは好ましいとされる人物像もはっきりとしていて、女性は特に明確化されている。未婚女性であるなら、お淑やかで線が細くて無知で無垢であること。そのくせ既婚女性ともなれば社交性が重要視される。  でもどちらにせよ女性は何よりも貞淑でなくてはいけないとされていた。  ただこれには社交界での多くの事柄がそうであるように、表面上はという言葉が付け加えられる場合がある。  噂でしか知らなかった、そのような裏事情が真実であると、わたしに初めて教えてくれた人物は、目の前にいる准男爵の娘で黒髪がよく似合う美女だった。  彼女は社交界では油断すればすぐに足元をすくわれることになるのだという事実を実感をさせてくれもした。  このことにわたしはとても感激したので、心を込めて手加減なしのお礼を述べる。 「なんて不躾なのかしら。その礼儀のなさはとても淑女だとは言えませんわね。地方のご出身だそうですけど、王都から余程離れた田舎に住んでいらっしゃいましたの? それとも外国にいらしたのかしら。それならその教養がまるで感じられない話し方も致し方ありませんわね」  扇で口元を隠しながら冷笑を浮かべ、思いきり蔑む態度を取ったわたしを、彼女は憎しみのこもった目で憤然と睨みつけた。 「わたしそのようなことは初めて言われましたわ。王都の社交界に出入りするようになってしばらく経ちますけれどね。さすがは公爵家に嫁ごうという女性ということかしら。とても矜持が高くていらっしゃるのね。伯爵家の令嬢とは思えないほどですわ」  彼女は怒りに震えながらもしっかり反撃をくれた。わたしは心の中で歓喜の声を上げる。そう、そうでなくてはいけませんわ。 「ええ、将来は公爵夫人になることが決まっているのですもの。矜持も礼儀もそれなりのものを身に付けていましてよ」  余裕の微笑みを向けると、彼女のこめかみがピクリと動いた。 「大層な自信をお持ちですのね。まあ、口にするだけでしたら誰にでもできますもの。実際は矜持ばかりが高いだけという方もいらっしゃるようですし、その立場が揺るぎないものだと思われているのもご本人だけかもしれませんけど」 「ふふ、お褒めいただき光栄ですわ。それはそうと、あなたのその袖のレース、有名なデザイナーの模造品かしら。いくら似ているとは言っても、あまりにも偽物とすぐに分かるものは避けたほうがよろしいんではなくて?」  彼女の頬がさっと赤く染まった。  どうやら本当に偽物だったらしい。それとも今その事実に気づいたのかしら。レースの値段を考慮して当たりをつけただけなのだけど。でも嬉しいことにこれでも折れてはくれない。 「アイリーン様はとても高そうなドレスを身に纏っていらっしゃいますものね。でも流行のものであればそれでいいというわけではないと思いますけど。似合うかどうかが重要ではありませんこと? 隣に立たなくてはいけない彼が恥をかいてしまいますわ」 「あらまあ、その台詞そっくりそのままお返しして差し上げるわ。そのような格好で彼の隣に立つおつもりですの?」  わたしと彼女の間で火花が散った。  どちらも引く気はないと態度で示している。  会場の片隅でひっそりと始まった舌戦は、その後しばらく続いた。  しかしそれでも人々の注目を集める前に、決着が付かぬままひっそりと終了したのだった。 「何をしているんだ、君は」  翌日、わたしは説教を受けていた。  両親でもお目付け役でも家庭教師にでもない。オストン伯爵家邸宅の応接間で、家主の愛娘であるアイリーン・オストン、つまりわたしの正面のソファーに座り、怒りのオーラを漂わせているのは婚約者のフィリップ・アーノルド。  彼はこの国に四つしかない公爵家の嫡男で、スクールを優秀な成績で卒業した将来有望と言われている男らしいですわ。婚約者さえいなければ、理想的な結婚相手の筆頭となっていただろうと、誰かが言っていました。わたしには実感が湧きませんけど。 「何のことかしら?」 「すっとぼけるな! 昨日の夜会で俺がいない間に、どこぞのご令嬢とやり合っていただろう!」  せっかくこの人が戻って来る前に中断できたというのに、しっかりバレてしまっている。 「あら、あの方あなたのお知り合いでしょう? とても親しそうな話しぶりでしたけど」  彼の眉間に皺が寄った。 「誰だ?」 「メリッサ・コート様ですわ」 「……ああ、確かに紹介されて何度か話はしたな」  ちょっと考えてから頷く。誤魔化しているようには見えないけど。 「あなたの愛人候補ですわよね」 「はあっ!?」  素っ頓狂な声が部屋に響いた。 「わたしだって何もしていないご令嬢に喧嘩をふっかけたわけではありませんわよ。彼女がわたしに、あなたの婚約者なのに大したことないだとか、親の決めた相手ならもっと控えめな態度でいろだとか、今後あなたが他の女性と親しくしていたとしても責め立てるような身の程知らずな真似はするなとか言ったからですわ」  ちなみにわたしは大したことない女ではありません。美人で教養のある立派な淑女です。背が高くて大人っぽい顔立ちの美女である彼女とは系統が違うだけですわ。可愛らしいという表現をされることが多くて、骨格が小さいことと亜麻色の髪のせいなのか、大人しそうに見られるのです。だからこそメリッサ様も油断して、初めにあのようなことを言ったのでしょうけど。 「それは……相手の女性が悪いが、それで何で愛人候補ということになるんだ」 「それは事前に教えてくださった方がいるからですわ。あなたすごいですわね。愛人候補が列をなしているなんて」  わたしは本気で感心していた。  彼は地位もお金も持っているし、顔も標準より上ですわ。黒髪に深い蒼の瞳という女性に人気の容姿ですし、すごくかっこいいと言われていますけれど、それは相乗効果によるものだとわたしは思っている。  そこまでは理解していた。  でもまさか結婚前から愛人の座を狙っている女性がたくさんいるなんて、わたしは社交界に出てから初めて知った。  愛人というのはあまりお金を持っていない貴族に嫁ぐよりも、余程いい暮らしができる場合があるらしいです。最近は没落してしまう貴族も多くなっているから、なりふり構っていられないようだわ。 「そんなわけあるか。俺は愛人を持ったことも、持つ予定もないんだぞ」  馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに脱力する。この人、女性の心の機微が全く理解できないタイプね。今確信しました。  まあ、それはどうでもいいですわ。 「そんなことは関係ないんです。重要なのは相手がその気かどうかということですわ!」 「関係ないわけあるか!」  わたしが声を大きくして断言すると、彼は即座に怒鳴り返してきた。  いいえ、分かっていませんわ。わたしにとってはそこは問題ではないんです。 「……ちょっと待て、アイリーン」  何かに気づいた彼が、胡乱気な眼差しを向けてきた。 「君は何をそんなに嬉しそうにしているんだ?」  言われてわたしはようやく自分がだらしなく頬を弛ませていることに気がついた。あらやだ、わたしとしたことが。 「だって愛人候補と婚約者なんですのよ。愛人と正妻ほどの生々しさはありませんけど、十分にドロドロしていると思いません? 陰険な女の戦いが幕を開けそうではないの。これを楽しまずして何を楽しめと言うの!」 「楽しむな、陰険な戦いを!」 「これぞまさしく『後宮』の世界ですわ。まさか自分が体験できるなんて! いい仕事してくれましたわ、フィル!」 「してねぇよ! まだそんなもの読んでいたのか、君は!」  ちなみに『後宮』というのは一昔前にあった側室制度で、王の側室たちが住んでいた後宮を舞台にした、ノンフィクションのようなフィクション小説ですわ。それはもう、身も凍るような女たちのドロドロとした戦いが描かれていて、読んでいるだけでゾクゾクしてしまいます。わたしの愛読書ですわ。  さすがに毒殺やら子供を産めない体にするというようなことはできませんが、やられたら憎しみを込めてやり返すという、その応酬がたまらないのよ。 「一度は全力で蹴落とし蹴落とされる関係というものを築いてみたいではないの。メリッサ様もその気になってくれたようですし、こんな状況、願ってもないですわ」  これからの熱き戦いに思いを馳せて、うっとりとしてしまう。 「頼むから大人しくしていてくれ……。社交界デビューした途端に、なんでそんな状況に陥れるんだ」  フィルは胃のあたりを手で押さえて、苦悩の表情を浮かべている。 「あなたこそどうしてそう、男のくせに平穏に過ごそうとばかりするのかしら。しみったれた根性ですわね。男なら宰相とかになって裏で国政を牛耳ってやるとか、この世の全ての女は俺のものだとか言ってみなさいよ」 「そんな男はただの阿呆だ!」 「例えですわ」  それくらいの気概を持てということですわよ。まあ、今更フィルがそんな漢気を見せるわけがないですけど。  わたしと彼は父親同士が親友で、歳が一歳違いとちょうどいいからという軽いノリで、婚約者にされている。だから子供の頃から付き合いがあるし、どちらかというと幼馴染という印象が強く、お互いの性格もそれなりに把握している。  フィルは昔から公爵家の嫡男だというのに、穏やかに生きたいとか枯れたことを言っては、わたしを呆れさせていたのよ。 「でもとにかく今回はフィルのおかげで楽しくなりそうですわ。愛人候補と婚約者。一度は婚約者が負けるのがセオリーですが、わたしはもちろん全勝してみせますわ!」 「どんなジャンルのセオリーだよ、それは……」  会話をしていただけだというのに、フィルは疲れきっていた。相変わらずジジくさい。 「今度会った時は何をしようかしら。ドレスにワインを零すというのはありきたりですわね。でも外見と教養を侮辱するというのは外せませんわ。ダンスの最中にみっともなく転けさせるというのがいいかしら。問題はどうやってそれをするかですけど」 「いや、問題は俺に愛人を持つ気がないというところだよ……」 「もう、水を差すようなことを言わないでちょうだい。女同士の戦いに男が介入する隙はないのです」 「俺、当事者だよな……」  うるさいですわね。しつこく抗議しているフィルは、この際無視しましょう。  だいたいメリッサ様だってあの様子じゃあ、フィルにその気がなくとも、簡単には諦めませんわよ。ガンガンにアプローチして来るに決まっていますわ。  まあ、フィルがそれに気づくかどうかは別問題ですけど。  わたしはなぜか両手で顔を覆って、天井を仰いでいるフィルを見ながら、こっそりとため息を吐いた。  デビュタントらしく控えめで可愛らしいドレスを身に纏い、慣れない夜会会場に気後れしたように不安げな表情を浮かべてみせる。  周りの紳士淑女から微笑ましげな視線を向けられた。  社交界デビューしたばかりの女性の武器はなんといっても初々しさで、わたしはそれを最大限に活用している。扇で顔の下半分を隠しながら、興味津々に会場内を見渡しても、眉をひそめられることはない。  すると若い男性が近づいて来て、わたしの隣にいる人物に話しかけた。 「やあ、フィル、久しぶりだね。こちらのお嬢さんを紹介してくれないかい?」  年齢から見てフィルの学友でしょうね。ちょっと軽そうな人ですわ。 「ああ、久しぶりだな、ジョーンズ。彼女はアイリーン・オストン。オストン伯爵のご令嬢だよ。アイリーン、彼はジョーンズ・レント。レント伯爵の次男だ」  人を紹介する時は必ず家名や爵位も付け加える。でなければ紹介してもらう意味がないですから。 「アイリーンですわ。よろしくお願いします」 「こちらこそよろしく。ということはフィルの婚約者なんだな。なんてことだ、せっかくこんなに可愛らしい女性と出会えたというのに、口説くこともできないなんて」 「まあ……」  わたしは恥ずかしそうに顔を俯けた。 「あまりからかわないでやってくれ、ジョーンズ」 「からかっているわけじゃないさ。今年のデビュタントの中でも随一の可憐さじゃないか。君は地位もお金も持っている上に、苦労せずしてこんな可愛らしい婚約者を手に入れられるなんて、羨ましい限りだ」  ジョーンズ氏が恨みのこもった眼差しでフィルを見る。 「まあ、確かにアイリーンは可愛い。俺が運のいい男だというのは認めるよ」  フィルは優しい目でわたしを見ながら言った。紳士として女性を立てるのは当然の行為ですからね。  顔が赤くなったわたしは扇でそれを隠す。 「やめてくださいな、フィル」  か細い声で抗議するも、彼はわたしから視線を外さず、笑みを深くする。 「お熱いことだな。それでは邪魔者は退散することにするよ」  呆れ顔で肩を竦めてジョーンズ氏は去っていった。別の売約済でないご令嬢を探しに行くのでしょう。 「あっ」  何気なくその後ろ姿を見送っていると、その先にずっと探していた人物を発見した。 「……ふふふふふ」  思わず怪しい笑いが漏れてしまう。まあ、どうせフィルにしか聞こえていないからいいですわよね。 「いらっしゃいましたわ、メリッサ様」  ニタリと口を歪ませ、目を輝かせた。今日は出席していないのかと諦めかけていたのよ。会えるなんて嬉しいですわ。  隣でフィルはうなだれていますけど。 「もう少し夢を見させてくれ……」  なんだかブツブツ言っていますけど、これは放っておきましょう。  今日のお勤めは終了しました。わたしは彼女と遊んで来ますわ。  彼女との接近をどうにか阻止しようとしていたフィルは、どこぞの押しの強い紳士に強制連行されて行きました。ありがとうございます、紳士。  わたしは嬉々としてメリッサ様に挨拶をしに行った。 「ごきげんよう、メリッサ様」  自分でも分かるくらいの極上の笑みを浮かべている。さながら数カ月ぶりに会う恋人同士のような。  彼女はわたしが来ることを分かっていたようで、余裕の笑顔を返してくる。 「ごきげんよう、アイリーン様。ようやく彼を解放してあげたんですのね。まるで監視するかのように、ぴったりとくっ付いておられましたけど」 「あら、いやですわ。解放してくれなかったのは、彼のほうですのよ。心配でたまらないみたいなんですの」  事実ですわ。監視されていたのはわたしのほうです。 「ま、まあ、優しい方ですものね。社交界に不慣れなご令嬢を放っておくわけにはいきませんもの。でもそれにしても可哀想ですわ、フィリップ様も。これからはずっと婚約者の面倒を見なくてはいけないなんて。まだお若いのですから遊びたい盛りでしょうに」  これは婚約者が羽目を外すのを大目に見ろというか、毎回夜会に同伴して来るなという意味でしょうね。別にわたしはいつもフィルが夜会に出席するたびに、くっ付いて来ているわけではないのですけど。  それにしてもこれくらいの嫌味で、わたしが気にして身を引くと思われているのなら、ナメられたものですわ。 「あら、わたし彼の社交の邪魔をするつもりはありませんのよ。それにご心配いただかなくとも、フィルは既に大きな人脈を持っていますわ。わたしが社交界デビューする前に、それだけの時間はあったみたいですの。ところでメリッサ様はフィルととても親しいのだと、わたし勘違いしてしまいましたわ。違うんですのね」  メリッサ様の扇を持つ手が、力の入れすぎで白くなった。  顔は変わらないけど、腸煮えくり返っていそうですわね。  わたしのデビュー前にオトせなかったくせに、ごちゃごちゃ言ってんじゃないですわ、という意味をちゃんと分かっていただけたようです。 「ふふ、年下の婚約者の前では、他の女性と親しくしているなんて、言えるものではありませんわ。アイリーン様はまだご存知ないでしょうけど、大人の付き合いというものがあるんですのよ」  意味深な流し目をしながら言う。ほらを吹くことにしたらしいですわ。  それにしてもわたしと歳はそう変わらないと思っていたけれど、もしかして結構歳上なのかしら、この人。 「そうでしたの……。ではメリッサ様の名前を出した時に、すぐには誰だか分からないようだったのは、演技だったんですのね……」 「そ、そうですわ」  声が動揺している。どうやら本気でショックだったみたいですわね。  ちょっと可哀想ですけど、これくらいで手を弛めるわたしではありません。 「でしたら大人らしく、このような公の場では、身、分、相、応、の、慎ましい振る舞いをしていただきたいですわね。淑女らしからぬ行動が何度かあったと聞き及んでおりますが」  フィルにアプローチしている時の様子を細かく教えてくださった、噂好きの奥様方がいらっしゃるのですよ。わたしは身分相応という部分を強調して、居丈高に言ってみた。  メリッサ様は地方の准男爵の娘ですから、正確には貴族ではないのです。わたし自身は別に身分にそれほどこだわりはないですし、昨今では貧乏貴族と金持ちの平民の間で婚姻を結ぶことはよくあることなので、大して効果はないだろうと思っていたのですけど、これは彼女にとって痛いところだったらしい。  貼り付けたような笑顔が怒りに変わった。 「……あなたがた由緒正しい貴族の方々は、身分が低いというだけで、すぐに人を馬鹿になさるのね」 「え……?」  いえ、ちょっと待ってくださいな。身分が低いというだけで馬鹿にした覚えはありませんよ。行いについても非難したでしょう。  だいたいあなたのやっていることって、結構酷いんですから。遊び癖のない貴族の嫡男を誘惑しようとしたり、その婚約者を排除しようとしたり。  相手がわたしだったからよかったものの、社交界のことをまだよく分かっていない普通のデビュタントなら、本当にあなたが愛人なのだと勘違いして泣いていますわよ。  そうなると婚約自体が撤回されかねません。結婚後に夫に愛人ができてもどうしようもありませんが、結婚前に婚約者に愛人がいて、その人にいびられたとなれば、娘の父親は黙っているわけにはいきませんもの。  自分の行動を省みてから発言していただきたいのですが……。  どうしましょう。わたしは正論で彼女の行動を非難して、正義をかざしたいわけではないので、どう反論するべきか。  しかし悩んでいるうちにメリッサ様が行動を起こしてしまう。  近くのテーブルに置いてあったグラスをわざと倒したのだ。  グラスは割れなかったものの、勢いがあったせいで、中身のワインがわたしに向かって飛んでくる。  素早い足捌きでわたしはそれを避けた。  危なかった。直撃方向ではなかったから、なんとか当たらずに済んだわ。警戒しておいてよかった。なんという典型的な手を使うのですか。  しかもこれ赤ワインではないですか。大きなシミがついたら落ちませんわよ。いくらわたしの家がそこそこお金があるとはいっても、ドレス一着いくらすると思っているんですの。  これ実際にやられてみると、かなりあくどい嫌がらせですわね。 「申し訳ありません。手が滑りましたわ」  メリッサ様が無表情でのたまわった。  そしてわたしをひと睨みしてから、さっと踵を返して去っていく。  失礼極まれりだ。  わたしはその後ろ姿を見ながら、口元だけで笑みを作った。  よろしいですわ。そちらがその気なら、わたしも一切容赦は致しませんので。  その後はまだ時間があったので、知り合いのご令嬢方を見つけて、特に興味もない噂話に興じていました。  そしてそろそろ帰りたくなったのでフィルを探していたら、会場の中心あたりで女性に囲まれている姿を発見する。  あんな目立つところで何をやっているのかしら、あの人は。  まあ、自ら引き起こした事態ではなさそうですけど。それに紳士たるもの女性を無下に扱うわけにはいきませんから、控えめに困った顔をするのが精々でしょうけどね。  ここはわたしが話しかけて救出するのが一番よさそうですわね。  ええ、もちろんそんなことは致しませんけど。  わたしは人の陰に隠れながら、こっそりと近づいていって、フィルの様子を窺った。  困っている姿を堪能するためでもありますし、先日の彼の反応から、普段どうやって好意を寄せてくる女性に対応しているのか気になったからでもあります。  でもこの距離では話し声は聞こえませんわね。表情や仕草が分かるくらいです。  フィルは質問されることにただ答えているだけのようで、会話を打ち切るタイミングを探っているように見えます。でも女性が集まれば、お喋りから逃れられないものですわ。  そこに明らかに彼よりも年上の既婚女性が、胸元を大きく開けたドレスを見せつけるようにして、ぐいっと距離を詰めて来ました。色仕掛けというやつですね。  フィルはスッと半歩後ろに下がって一定距離を保ったのですが。  またぐいっと近づこうとする女性。  避けるフィル。  でもそちらに目線が行っていないんですが、フィルは。  他の女性と自然に会話したまま避けてます。なんというか道で急いでいる人とうっかりぶつかってしまいそうになって、特に気にすることもなく避けたという感じの動作。  もしかして無意識にやっているのかしら。  そりゃあダンスの最中でもないのに、女性に不用意に触れてしまうと不作法と言われますから、常に注意はしているんでしょうけど。でも気づきなさいよ。うっかりじゃないですから、その人。わざとですから。  他の女性が色仕掛けをしようとした女性に非難の眼差しを向けて、険悪な空気が漂い始める。  でも自分への注意が逸らされたフィルは、これ幸いとその場を離れようとして、慌てて引き止められていた。あの人、逃げることしか考えていませんでしたわね。  よく分かったわ。  こうやって周囲には彼にアプローチをしている女性が知られ、本人だけが分かっていないという状態が作り上げられていったのね。  ……器用ですこと。  二度の挑戦に失敗した色気のあるご婦人は、すごすごと退散して行きました。お疲れ様です。  なんだか納得がいきませんわ。なんでアレがモテるのかしら。  女性の視線に敏感な、お相手のいない紳士方、もっとがんばってください。男は地位とお金ばかりではありませんわよ、多分!  という、そんなくだらないことを考えていたせいなのか、フィルに見つかってしまいましたわ。ばっちり目が合ってしまいました。  知らんフリをすると後で怒られそうなので、仕方なく近づいて行きましたが、この女性の壁を越えるのはすごく嫌なのですが。 「アイリーン」  なんて思っていると、フィルのほうから少し大きな声で呼びかけてきた。  周りの女性たちが道をあけて、フィルがこちらに来る。 「少し顔色が悪いね。疲れたかい?」  ……この人、わたしをダシにして帰ろうとしていますわね。  まあ、わたしも帰りたか