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作者:石田リンネ,起家一子
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-15(Enterbrain)
价格:¥580 原版
文库:Bs-Log文库
丛书:遗落的公主与圆桌骑士(15)
代购:lumagic.taobao.com
おこぼれ姫と円卓の騎士15 白魔の逃亡 おこぼれ姫と円卓の騎士 白魔の逃亡 石田リンネ 電子版 ビーズログ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 序章 第一章 灰雪の道程 第二章 銀雪での誓い 第三章 雪庇上の王宮 第四章 雪解けの音 終章 あとがき プロフィール  ──それは遠い遠い昔の話。  かつて、人の世界は、邪悪なる者によって乱されてしまった。  戦乱の世を憂えた天上世界の神々は、とある神を人の世界に向かわせる。人の地に降り立つことになったその神は『クリスティアン』と名乗り、己の力の一部を剣に変え、人々へ分け与えることにした。  クリスティアンと、彼の力を分け与えられた忠実なる十二人の騎士は、力を合わせて邪悪なる者を倒し、『ソルヴェール国』を作った。  建国の王となったクリスティアンは、後に『騎士王』と讃えられるようになり、自由に意見を言い合えるための円卓での軍議に参加していたクリスティアンの十二人の専属騎士達は、いつからか『円卓の騎士ナイツオブラウンド』と呼ばれるようになった。  これは、ソルヴェール国の民ならば、子守唄代わりに聞かされる伝説である。けれど、誰もが本当にあったことだと信じている。  なぜならば、残っているのは話だけではない。騎士王クリスティアンが持っていたと言われている『騎士の剣』は、代々の国王に受け継がれ、今も王宮で保管されている。  ソルヴェール国の国宝となった騎士の剣は、国王の即位の儀で使われる度、『伝説』は『歴史』でもあると国民に再認識させていた。  時は流れ、第十二代ソルヴェール国王『アンドレア』の時代が訪れる。  若き頃のアンドレア王は、子に恵まれないことを悩んでいたが、後になって多くの王子と王女に囲まれるという幸せを得た。おまけに第一王子フリートヘルムと第二王子グイードは、次代の王として相応しく育った。  本来なら優秀な王子の存在を喜ぶべきことなのだが、異なる母を持つ王子達は、それぞれの後ろ盾となるローエンシュタイン侯爵家とオイレンベルク侯爵家の勢力争いに巻きこまれてしまい、次第に対立を深めていく。いつからか、どちらが王になっても国が二分するだろう、と囁かれるようになった。  内乱という国の未来に頭を悩ませたアンドレア王は、ついにある決断をする。  それは第一王妃から生まれた第一王女レティーツィアを、次期国王に指名するという奇策を用いることだ。  お手本のような王女として名高かったレティーツィアは、次代の王を託されることになった十七歳の誕生日に、その評価を一転させ、兄達からこぼれ落ちてきた王の座を拾った姫──『おこぼれ姫』と呼ばれるようになってしまう。  しかし最近、レティの『王女としては優秀でも次代の王としては頼りなさすぎる』という評価は、本人の努力で少しずつ変わってきていた。  第一席のデューク・バルヒェット、第二席のクレイグ・バーデ、第三席のアストリッド・ガル、第四席の凌皇国の皇子シェラン、第五席でありノーザルツ公国の君主であるアウグスト・カルゼン・ノーザルツ、第六席のマリアンネ・バッセルとウィラード・オルランディ、第八席のメルディ・クラインシュミットという頼もしい騎士を、レティは得ることができた。彼らに助けられながら、国政での実績を積み重ねていった。  周囲もこれならば、とレティを認め始め、十八歳の誕生会には『国の行く先は安泰だ』と言われるまでになり、兄妹仲良く力を合わせて国を治めていくという希望が見えてきたところだったのに──……。 「……今は絶望しか見えないわね」  びしょ濡れのレティは、肩で息をしながら、王都の下町のとある一軒家の扉の鍵を開けた。中に身体をすべりこませ、髪や服から滴り落ちてくる水を手のひらに集めてから操り、外から鍵をかけてやっと一息つく。強ばっていた手の中に国璽があることを確認してから、その場に座りこんだ。 (ここまではなんとかなってくれた……! 隠れ家に来ることができたのは、わたくし一人だったようだけれど……!)  やけに速い鼓動を伝える胸に手を当てた。意図的に呼吸をゆっくりし、興奮状態の身体と頭を宥めようとする。  ──つい先程、軍師ゼノンの策略により、第一王子フリートヘルムによるクーデターが起きた。  第二王子グイードと共にいたレティは、今はとにかく身の安全を確保すべきときだと判断し、己の騎士達の助けを借り、反乱兵の配置が比較的手薄になっている王宮の北側から逃げ出そうとした。  けれどゼノンは、『できるかぎり犠牲の少ない』という生ぬるいクーデターにしてくれるような優しさを持ち合わせていない。彼の魔の手はカトライア宮に住む幼い王子と王女にまで及び、グイードは愛すべき弟妹を守るため、レティを先に行かせた。  だからレティは一人での王宮脱出を試みることになった。かろうじて成功し、メルディがいざというときのために用意していたこの隠れ家へ、やっと辿り着けたのだが──……。 「一人だからこそ、できたのかもしれない……」  レティには、ある秘密がある。自分も初めは信じられなかったが、どういうことか初代ソルヴェール国王クリスティアンの生まれ変わりらしい。そのおかげで、クリスティアンの神の力を持ち、ある程度なら自由に使うことができた。  他にも、騎士王についてのいくつかの真実を知っている。実は、国宝として大事にされている『騎士の剣』は本物ではなく、偽物レプリカであるということ、本物はレティの身体の中にあるということ、騎士王を守ると約束した十二人の騎士達の『約束の剣』もレティの身体の中にしまわれているということだ。  レティは騎士王の力を使うことで、反乱兵を振り切ることができた。  まず、春の川に飛び込み、川の水を鏡のように使って流されていく自分の姿を作る。反乱兵達が川に映った王女を追いかけている間に、自力で川から這い上がる。それから身を潜めつつ、慎重にこの隠れ家まで来たのである。 「メルディは、どこまで未来が見えていたのかしら……」  この家は、メルディによって『いつか王都を脱出するようなことが起きたとき』のために用意されたものだ。  旅に必要なソルヴェール硬貨、諸外国の硬貨、国内外用の通行書、お忍び歩き用の服、靴、数日分の非常食、大きな街なら換金できる程度の貴金属……そういうものが揃えてある。  信頼できる者に定期的な点検をしてもらう予定だったのだが、最初の点検を入れる前に使うこととなってしまった。 「……さぁ、安全なところまで逃げるわよ。わたくしの直轄地に行きたいところだけれど、それは状況次第のようね」  できれば自身の直轄地、無理ならば中立派の貴族の領地、どちらも難しいのなら共通の敵を持つことになったオイレンベルク侯爵派の貴族の領地で、レティは保護してもらわなければならない。 「最悪は国外への脱出……。でも一人だけ安全な国外に逃亡することは、できれば避けたい。……次期国王に見捨てられたと、民へ思わせないためにも」  しかし可能性だけは考えておかなければならない。  もし国外に向かうことになったとき、一番望ましい逃亡先は、ノーザルツ公国だ。君主であるノーザルツ公は、レティの第五席の騎士であり、条件次第できちんと助けてくれるだろう。その場合、ノーザルツ公は絶対に裏切らない。裏切りは信用をなくすということを知っている男だからだ。 「でもノーザルツ公国行きはゼノンに読まれている。北に向かうのは自殺行為」  国外脱出なら、南のナパニア国を目指す方が楽かもしれない。だが、ナパニア国はあまり信用できない。そもそも仲がいい国というわけではない上に、間違いなくゼノンからレティを捕まえて送り返すよう頼まれているはず。この場合、逃亡生活はナパニア国を抜けるまで続く。 「この先がどうなるのか、全くわからないわ……」  とにかく、まずは国璽を持って王都を出て南下し、一番近くの反ローエンシュタイン侯爵派となるディートランド伯爵領に入るところからだ。道中は野宿になるので、防寒具もしっかり持っていかなければならない。  きっと、自分なら一人でも旅をすることはできるだろう。でも一人で逃げながらの旅については、貧相な想像しかできなかった。  食料はどうなるだろうか。一人きりの野宿のときに見つかったらどうしようか。手持ちの金がなくなったとき、上手い具合に貴金属を換金できる街へすぐ行けるだろうか。  ──不安ばかりで、胸が締め付けられる。  レティは様々なことを振り切るかのように、濡れた髪やドレスから未だにぽたぽたと落ちてくる雫を、手の甲で乱暴に拭う。  いつまでもこのままでいては風邪を引く。しまわれていた布を使い、身体をざっと拭いて着替えた。コートを肩にかけ、夜の冷えに備えて今のうちに身体をできるかぎり温めておく。 (夜になったら王都を脱出する。漆黒の剣の力があれば、闇夜に紛れることができる)  それまでに、誰かがここへ来ることはあるだろうか。  逃がしてくれたデュークとクレイグはどうなったのか。アストリッドは、メルディは、マリアンネとウィラードは……。  凌皇国の皇子であるシェランや侍女見習いのアイリーチェの身の安全は、己の騎士達に比べて幾らかは保証されているだろうけれど、楽観視はできない。でも今だけは機転の利く二人の賢さに期待しよう。 「今は自分のことだけを考えるときよ。わたくしが無事でいなければ、皆も動きづらい」  濡れた布を広げてそっと椅子にかけたとき、二人分の足音が聞こえた。念のために慌てて部屋を片付けていると、その足音はところどころで立ち止まっている。 (どうやら、一軒ずつ、王女がいないかどうかを確認しているみたいね)  地道な作業だが、確かな効果はある。天才的な頭脳を持つゼノンは、摩法のような策で人を追いつめているように思えるが、一番厄介なところはそこではない。やらなければならないことを、きちんと徹底的にやれるところが、彼の最も恐ろしいところだ。 (ここで見つかるわけにはいかない……!)  おそらく、レティは手段を選ばなければ、今すぐにでも王都から逃げ出すことができる。  それどころか、王宮を破壊するという手段で、敵味方関係なく殺し尽くせば、このクーデターを収めることもできるだろう。  でも、それでは駄目だ。  人は『慣れる』ことができる。ここで『突然の王宮の崩壊』というレティが作り出した『偽物の運良く』に慣れてしまったら、レティがいないときにも『偽物の運良く』に縋ってしまう。祈れば奇跡が起きるという悪例を、民の記憶に残してはならない。人間の野心によって引き起こされたクーデターは、表向きはやはり人の力によって収束させなければならない。レティの騎士王の力は、あくまでも人の力の補助として使うべきだ。  ならばどうすると必死に考えた。見回りの兵士がどんな性格をしているのか、やる気はどこまであるのか、全く読めない状態だけれど、思いついたことをやるしかない。覚悟を決め、窓の真下で身をかがめる。  とんとん、と扉をノックされた。  レティは外まで胸の鼓動が聞こえるのではと心配してしまうほど、一気に緊張が高まる。  がたんという強めの音と振動があった後、外から男の声が響いてきた。 「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」 「鍵は外側からしかかかっていないな。ここは空き家か?」 「無人の家ならもっと荒れるはずだ。窓もそこまで汚れていない」  見回りの二人組は、なかなかしっかりしているようだ。内側のかんぬきだけがかかっていたら中に人がいる証拠で、かんぬきは外れているけれど外の鍵はかかっているのなら、外出中か使われていない家かのどちらかである。彼らは扉を揺らしたときの手応えで、内側のかんぬきがかけられているかどうかを確かめたらしい。 「念のために鍵を壊して中も確認しておくか。協力者に外から鍵をかけてもらった可能性も捨てきれない」 「だな」 「でもこの鍵って誰が直すんだろうな」 「やっぱり戻ってきた家主だろ」 「だったら物取りがさぁ……」  いいのかな、直すべきなのでは、と二人は相談を始める。レティは少しだけほっとした。良心が咎めてくれるような相手なら、きっと上手くいく。 「じゃあさっさと壊して……」  レティがどこかの家に匿われている可能性を考え、二人の兵士はいざというときの突入のために、鍵を壊す道具を持ってきていたのだろう。  がちゃがちゃという道具を探す音が聞こえ始めたとき、レティは床に手をついて大地の剣の力を流し込んだ。  レティの意志に従い、足元の地面がぐらりと揺れ、家が小刻みに振動する。兵士はすぐこの揺れに気づき、地震!? と叫び声を上げた。 (もう少しだけ激しく揺らす、でも家を壊さないよう加減をして……!)  力を更に加え、レティは大地をもっと揺さぶる。家の倒壊を予期させるこの嫌な軋みは、外にいる兵士にも聞こえているはずだ。  今だ、とレティは騎士の剣を手の中に呼び出し、窓に叩きつける。窓にひびが入る音と勘違いした兵士は、大きいぞと動揺してくれた。 「……お、収まったか? 今日はやけに地震が多いな」 「今のは大きかった。窓が割れたみたいだ。……なぁ、鍵を壊すのも気の毒だし、そこから念のための確認をして終わりにしようぜ。もし王女殿下がこの家に匿われているとしても、今の地震で悲鳴を上げるなり、飛び出してくるなりしただろうし」  二人は早く地震が収まってほしいという話題に移った。  その会話を聞いたレティは、上手くいったことにほっとする。  こちらの予想通り、彼らは窓ガラスの割れた部分に手を入れてカーテンをずらし、軽く中を見て、どなたかいらっしゃいませんかともう一度声をかけて、調査を終わらせた。  窓の真下という死角のレティに気づくことはないまま、次の家に向かう。 「……心臓が止まるかと思ったわ」  レティは暫く立てそうにないほど、力が抜けた。とっさに立てた作戦だったけれど、成功してよかった。王都を脱出する夜まで、騒ぎを起こしたくなかったのだ。 「よかった……と言っていいところではないわね。本当に危なかった」  これからのことを思うと、ぞっとする。今回は上手くやりすごせた。でも次は運に助けてもらえない可能性だってある。  一人で考え、一人で実行するというやり方には、どうしても限界がある。各方面に特化した者と分担作業ができたら……と考えかけて首を振った。 「随分と助けられることに慣れてしまったみたい。しっかりして、王は孤独なのよ」  このぐらいのことは、これから何度もあるはずだ。先程のようにいかず、見つかって騒ぎになり、なんとか逃げ出すというもっと危ない状況も味わうだろう。  一瞬たりとも気を抜くな、と己に言い聞かせた。  今夜の月は細く、頼りない明かりだった。足元が暗くて夜歩きには向かないが、騎士王の力のおかげで夜目が利くレティにとっては好都合だ。満月だと明るすぎて、闇を纏うと逆に違和感を振りまいてしまう。  結局、レティが身を潜めたこの隠れ家に、昼間の兵士以外の人間は来なかった。それが意味することを、今は考えるべきではない。立ち止まったら終わりだ。 「行くわよ」  レティは己に宣言し、漆黒の剣を使い、黒い霧を身体の周りに発生させる。途端、旅装姿は夜の闇に紛れてくれた。これならば巡回の兵士が厳しい眼を向けている中でも、足音を殺すだけで堂々と道の真ん中を歩くことができる。  街道に繫がる門までの間、レティは何度も立ち止まり、疾風の剣を使って風を繰り、クーデターに加担した兵士の声を拾ってみた。  残してきてしまった己の家族や騎士達の情報を得たかったのだが、ゼノンの情報管理が徹底しているのか、有益な情報は誰からも得られない。 (この様子だと、外出禁止令も出ているようね)  普段は遅くまで開いている賑やかな酒場が、今夜はひっそりとしている。  城下の民がこれはおかしいと言い出して蜂起しないよう、情報交換の場をさっさと押さえたのだ。 (それはクーデターを起こすなら当然やるべきことね。でも、まさか初日で……?)  既にゼノン達は、命令系統を整え直し、自分達で国を動かし始めている。クーデターを起こしてからまだ半日も経っていないのにここまでできるのなら、これから先は一体どうなるのか。  胸がざわつくような焦りを抑えるため、深呼吸をした。 (今は、王都からの脱出だけを考えましょう)  街道との出入口となる門を壊すことは簡単だ。でもそんなことをしたら、自分がここにいますという宣言になってしまう。静かに脱出しなければ、徒歩の自分は馬を使った捜索隊にすぐ追いつかれ、人を傷つける手段を選ばなくてはならない。  ならばどこかで馬を奪って……と考えて、やめておこうと思い直した。 「馬で街道を進みたいのなら、検問を幾つも抜けることになる。結局途中で馬を手放す。なら徒歩で行くしかない」  身の安全が確保される場所に着くまで、厳しい旅になるだろう。この先ずっと、正体を隠しながら、見つからないように、眠ることさえ注意しなければならない道が続く。 「でも、幸いなことに、このクーデターは準備不足のはずよ」  ソルヴェール国内は、フリートヘルムを王にと望むローエンシュタイン侯爵派の貴族ばかりではない。グイードを王にと望むオイレンベルク侯爵派の貴族も同じぐらいいて、どちらにもつかない中立派も存在している。  オイレンベルク侯爵派や中立派の領土で、ローエンシュタイン侯爵派の私兵が勝手に検問を行えば、それは宣戦布告と同じ意味だ。すぐに内乱が発生してしまう。鎮圧のためにローエンシュタイン侯爵達が兵士を派遣したら、王都の守りが薄くなり、王都を狙う別の者が出てくる。  おそらく、検問は王都周辺とローエンシュタイン侯爵派の領土だけだ。  レティは急ぎの旅になるため、時々はローエンシュタイン侯爵派の領土を通ることになるが、常に検問があるわけではない。  ふーっと息を吐き出して、街道に出るための大きな門の陰に入る。  改めて呼吸を整え、周囲に異変がないかを確認しようとし──……だが、突然背後に人の気配を感じて、慌てて振り返った。 「っ!」 「俺です……!」  小声で囁いてきたのは、アストリッドだ。まさかと眼を見開いて、呆然と立ち尽くすと、アストリッドの背後からメルディも出てくる。 (生きていて、しかも無事でいてくれた──……!!)  信じられない気持ちだった。でも彼らはレティと合流してくれた。  どこにいるのかわからなかった二人だが、協力し合って王宮を抜け出してきたようだ。本当は声を出してよかったと祝い合いたいところだけれど、なんとか堪える。喜ぶのも、どうやってここに来たのかという話を聞くのも、後だ。 「……必要なことだけを聞くわ。二人だけでいいのね」  メルディに確認を取ると、申し訳なさそうに頷かれた。 「ああ、他のみんながどうしているのか、おれ達にはわからない。わかっているのはローエンシュタイン侯爵がクーデターを起こしたってことだけだ。なんでこの時期に……」  クーデターが起こった瞬間、メルディは執務室にいなかった。  メルディはまだソルヴェール国に来ているゼノンの存在を知らない。 「ローエンシュタイン侯爵に甘い言葉を吹き込んだのは〝ゼノン〟よ。あの男、フリートヘルム殿下の騎士になって、王宮を嗅ぎ回っていたみたい。おかげさまでわたくしは国璽を持って宮殿を出ることになったわ」 「ゼ、ノン……!?」  メルディは大きな声を上げそうになるのを堪え、小さな声に直してからレティに確認をした。  ゼノンというのは、メルディにとっての元家庭教師で、歴史に名を残すという野心の炎を燃やしているあのゼノンでいいのかという確認である。 「……そうか、だとしたら本格的に態勢を整えたい」  レティは黙って頷いた。落ち着ける場所で、メルディと今後についての話し合いをじっくりする必要がある。 「今すぐ王都を脱出するわよ。時間が経てば経つほど、わたくし達は不利になる」  自分一人なら静かに門を登って越えるという方法を選べたが、運動能力に不安があるメルディを連れていくなら、門の上からという方法は難しくなる。  だとしたら一度は却下した強行突破しかない。不安要素ばかりだが、アストリッドがいてくれるなら、どうにかできるだろう。  自分とアストリッドのどちらかが囮になって兵士を引きつけて、もう片方が見回りの馬を奪う。  メルディと馬に乗った方が囮を援護し、レティが鋼鉄の剣で門を切り裂き、門を出て行った後はひたすら街道を駆け抜ける。検問があったとしても、騎士王の力を使って強行突破を繰り返し、街道に大穴を空けて時間を稼ぎ、途中から街道を外れて徒歩に切り替える。 (囮役はアストリッド……いえ、わたくしね。足場のないところで馬に乗れというのは、メルディにとって難しい。彼を馬に乗せてやれるような腕力が、わたくしにはない)  すぐに作戦を組み立てたレティは、役割分担をアストリッドに伝えるつもりだったのだが、その前にアストリッドが首を横に振った。 「王女様、メルディ様を連れて先に逃げてください。俺が囮になって時間を稼ぎます」 「いいえ、三人一緒よ」 「王女様と俺だけなら、一緒での王都脱出も可能です。でもメルディ様を連れては無理です。誰かが残らないと」 「できないと決まったわけではないわ。貴方とわたくしの力があるのなら……!」  確かに厳しいが、不可能ではない。だったら戦力を固めておく方がいい。 「俺は王女様と同じように、一人でいる方が自由に動けます。王都脱出も、自分一人でなら見つからずにできます」  元暗殺者という経歴のアストリッドなら、可能なことなのかもしれない。