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作者:山崎里佳,山下ナナオ
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-02(角川书店)
价格:¥580 原版
文库:角川Beans文库

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フェアリータイムズ 英雄魔術師と恋知らずの乙女 フェアリータイムズ 英雄魔術師と恋知らずの乙女 山崎里佳 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  Contents 序章 第一章 魔術師と妖精 第二章 魔石と代償 第三章 栄光の英雄魔術師 第四章 妖精たちの祈り あとがき  川の向こう側で、マグネス王国の兵士たちが細長い筒を構える。  空気を震わせる大きな音と共に、鉄の玉が射出され──次の瞬間、胸が激しく痛んだ。  恐ろしい吐き気と怖気に全身が支配され、冷たい赤土の上に倒れ伏した。 「痛、い」  痛い。胸が、肋骨か、それとも心臓なのか──引き裂かれるように痛んだ。 「こわい」  オークランド王国の民として、魔術師として、従軍した。  十二歳でも、魔術師としての力があるなら、一人前と認められる。  それが嬉しかった。華々しく戦えると思った、それなのに、今は、ひたすら怖い。 「こわ、い。嫌だ、やだ、痛い、誰か──」  機械兵器を持ったマグネス王国の兵士たちに、オークランド王国の魔術師たちが立ち向かっていく。子供魔術師一人を気にしている余裕などないとばかりに、通り過ぎていく。抱き起こしてくれる者はいない。彼らは戦線を保つことで精いっぱいだった。自力で歩けない者は、最前線では見捨てるしかない。運が良ければ後で拾ってもらえる。間に合えば手当てしてもらえるかもしれない。でも、目がかすんでいく。  今、辛うじて生きているのは体内に残る魔石のおかげだ。妖精たちに気に入られればもらえる、妖精たちの命そのもののかけら。魔力という血を生み出し、全身に行きわたらせる心臓のような役割を果たす奇跡の石。魔石が命の危機に働き、傷口に自然と魔力を集めてくれる。  けれど、徐々に力が失われていくのを感じる。  恐くて怖くてたまらない。  偉大な魔術師たちに付き従う妖精たちがちらりとこちらを振り返った気がする。  七色に光る眼をした妖精たち。彼らは気に入った人間以外にはひどく冷酷だとわかっていたけれど、それでも力ある美しい妖精たちに震える指を伸ばした。 「助けて」  すがるような自分の声にぞっとした。弱々しい、死にかけた声。  恐怖と失血で目の前が真っ暗になってゆく──。  ──気絶していたのは一瞬、だと思う。  閉じた瞼の裏に感じた眩い光の気配に驚いて、目を開いた。 「妖精……?」  すさまじい数の妖精たちが全身を輝かせて、自分の周りにいる。魔術を使っているのだ。とても美しい姿に痛みを忘れた。──いや、胸を撃たれた痛みをあまり感じない。 「治してくれるの……?」  妖精たちが頷いた。嬉しい、これで助かる。癒される心地よさに喜んだ、次の瞬間。  小さな妖精の身体がひと際強く光ると消えていった。  魔術の使いすぎだ。身体を形作る魔力までも失い、死んだのだ。  七色に光る眼を持つ妖精たちが、自分のような未熟な魔術師の為に命をかけるなんて。 (……そんな才能が、おれに? まさかそんな)  今この戦場に留まっている妖精は、偉大な魔術師を愛する妖精だけ。自分のような未熟な魔術師は妖精に見捨てられた。与えた魔石を引っこ抜かなかったのは、妖精の最後の慈悲だろう。  この戦場にいる妖精たちは、それぞれが気に入った魔術師を守っていたはず。  ぞっとして辺りを見回した──そして予想通りの状況を見つけた。  妖精に守られていたから辛うじて生きていた魔術師たちが、撃たれて次々と死んでいく。 (……今、おれのことを治してくれてる、そのせいだ)  掌を傷口に向ける妖精たち。戦場に悲鳴があがる度に、妖精たちはそちらを見やる。  愛していた魔術師が死んだのかもしれない。 「おれの妖精を返せ、ルクレーシャス!」  仲間の魔術師が叫ぶ。だけど、返せない。  どうして妖精たちが自分を助けてくれるのかなんてわからないし──返したら自分の命が危ないかもしれない。 「返せ! 返せええ、ッ!」  ──叫びながら、その魔術師は撃たれて死んだ。  次の瞬間、また治療に魔力を使い過ぎて、隣にいた美しい女性姿の妖精が消えていった。 「ど、どうして──そこまでして!」  すぐ右横にいた幼い少年の顔をした妖精も、答えずに消えた。  妖精たちがそれほどの力を使わないと死ぬ怪我を、負っているということだ。  そのことにぞっとする。けれど、自分のせいで妖精たちが死んでゆくのも怖かった。  でも、舌が乾いて動かない。やめろという言葉が、出てこない。  掌大の小さな妖精がくるりと後ろを振り向いた。丘を上ってきたマグネス王国の兵士がいたのだ。掌を向け、その兵士の全身に火をつけた。兵士は悲鳴をあげて丘を転がり落ちていった。  それを最後に、小さな妖精は力を使い過ぎて消えていった。 (やめろって、言わなくちゃ。だけど、もし言って、見捨てられたら──)  何もできない自分の代わりに、妖精が近づいてくるマグネス王国の兵士を焼き払い、あるいは水で攻め、土を操り足を留めて風で切り裂く。その度に妖精は消えていく。  次々と死に絶えてゆく仲間を目にしても、妖精たちは命をかけて傷を治し続け、敵を屠ることをやめなかった──。  世襲制の女男爵なんていう地位は持っているけれど、宮廷に出仕したことはない。  両親が駆け落ちしたからだ。マキン家の一人娘だった母親は実家から勘当され、今では死亡扱いされている。その実家も十年前の戦争で潰れてしまった為、一応、勘当された母の娘である私が今のマキン家の当主だけれど、名前だけの状態だ。位禄は親戚が管理している。貴族の義務を果たす余裕はないし、それでもしょうがないと思っている。  だからメイドをして、食い扶持は自分で稼いでいた。でも、住み込みの仕事はクビになった。久しぶりに戻ってきたアパートの一室である我が家は真っ暗だった。それに埃っぽい。  部屋に入る勇気が持てずに玄関前に立っていたら、大家のおばさんが通り掛かった。 「おやリンジー、久しぶりに顔を見た気がするけど……なんだい暗い顔して。恋人に振られたのかい?」 「恋人はいないし……それに、私が振ってやったの!」  おばさんが好奇心に満ちた顔をしたから、私は詮索されたくなくて部屋の中に引っ込んだ。  部屋の中央にある机の上には恐れていた通り、未開封の手紙があった。  こんなことが書いてあるはずだ。『新しく仕事が決まったから家を留守にするね。リンジー』って。  ──両親がいなかった私が、唯一頼れた同居人へ宛てた手紙だ。マキン男爵家がまだ裕福だった頃に、家に仕えていた使用人の一人だ。血も繫がっていない私の面倒を絶縁した親戚の代わりに見てくれていたけれど、私も十六歳になったし、いい加減嫌気がさしたんだろう。 「もう戻ってこないわね、たぶん」  ぽつりと呟いた声が妙に大きく聞こえて泣きたくなる。  リンジー・マキンが爵位を持っている。それが勤め先にバレて面倒な事になった。メイドとして勤めていたお屋敷のお坊ちゃんと結婚させられそうになったのだ。戦後の商売で伸し上がった家で財産はあるけれど、元は材木商人だ。どう見ても爵位目当てで、愛なんてない。 「爵位目当ての縁談話とか、やだやだ」  愛のない結婚をしたら、将来きっと旦那さんにまで放置されて寂しい思いをすることになる。  結婚をするのなら、ずっと一緒にいてくれる人がいい。  ただし駆け落ちして子供を置き去りにして、辛い思いをさせるような親になるのはダメだと思う。たとえそれが愛ゆえでも──子供に、今の私みたいな気持ちを味わわせるのは酷い。 「……寂しい。でも……嫌だわ、暗いのは!」  荷物を置いて、声を張り上げてみる。  部屋の中を無意味にうろついて、埃っぽい空気を入れ換えるために窓を開けてみた。  そうしたら、賑やかな演奏が冷たい風に乗って聞こえてきた。 「わ……寒い」  今は十一月、寒くないわけがない。  けれど爽やかな風は心地いいし、賑やかで楽しそうな音楽は寂しさが紛れるから窓を大きく開け放った。そういえば、今日は港の方でパレードが催されるという噂を聞いた。 「えーと、なんだっけ。魔術師が帰ってくるんだったかしら……?」  魔術師、と呼ばれる人たちがオークランド王国に帰ってくるらしい。  魔術を使う人々のことだ。火、水、風、土を操り……万物を支配し、優れた魔術師は空を飛んだり、死人を生き返らせることもできるというおとぎ話なら知っている。  彼らは昔このオークランド王国にたくさんいて尊敬されていたらしい。けれど、十年前に起きたマグネス王国との戦争で惨敗してからは見向きもされなくなったとか。  何しろ、彼らは不可能すら可能にしてみせると豪語していて、だから権力をもらっていたのに、実際の戦場では驚くほど役に立たなかったという話だ。  彼らのせいで前線に出ていた、歴代で最も勇敢な王子だと呼ばれていた第一王子が戦死してしまったらしい。  王様はカンカンになって魔術師たちをオークランド王国から追い出したのだ。 「でも、マグネス王国で力を付けて、戻ってくるとか、どうとか……」  今では同盟国として交流のあるマグネス王国が、魔術師を憐れんで引き取った。マグネス王国で鍛えられたことで、魔術師も少しは役に立つことができるようになったらしい、と誰かが言っていた。彼ら魔術師は、かつて魔術が栄えたここオークランド王国で魔術の研究をする為に戻ってくるのだ。マグネス王国の研究者たちも、魔術師たちとは別に研究機関の出張所を作るとか。商人たちは新しい研究分野ができるなら、商機だってできると喜んでいるらしい。昨日まで勤めていたお屋敷で聞いた話だ。 「パレード、面白そう……」  一人で家にいても寒さと寂しさに震えながら耐えることしかできないだろう。  それよりも、賑わう野次馬の一人としてお祭り騒ぎに参加したい。  私はケープだけ肩に引っ掛けると、アパートの薄暗い部屋から飛び出していった。  グルタフ地方バルド港湾の付近は人でごった返していて、私はもみくちゃにされないようにすることしかできなかった。けれど、人々の頭越しでも海の方に大きな船は見えて、それだけでも見ごたえがあって面白かった。こんなに大きな船はオークランド王国にはない。マグネス王国から来た船に違いない。  船の上には白衣の人たちと黒いローブ姿の人たちがいる。 「皆さん、静粛に! 檻に入っているのは人間ではなく、妖精なのです!」  船の上から、パレードの音楽に声をかき消されないようにと白衣の男たちが大声で叫んだ。堂々と胸を張り、得意げな顔をしていた。顔立ちから彼らがオークランド人じゃないとわかる。  がっしりとしたえらの張った顎と体つきからするに、白衣の人たちはマグネス人だ。恐らく彼らはマグネス王国の研究者だろう。 「人間を檻に入れているわけではありません! 妖精は危険ですが、この檻の中から出さない限り、皆さんは安全です!」  誰かが恐いものでも見たかのように悲鳴をあげた。  何、何? 気になって、私も野次馬の一員として精いっぱいその場でつま先立ちした。  偶然人の波が私の目の前で割れて、みんなが気になっているものが見えた。  私も悲鳴をあげそうになった。 「……なんで檻に入れられてるの?」  すぐに人の波が私の視界を埋め尽くして見えなくなったけれど、見たものは目に焼き付いていた。人が──人としか思えない存在が、鉄格子の檻に入れられていた。犯罪者だって、今時あんな扱いを受けることはない。 「目が……光ってた?」  マグネス王国の研究者たちが数人がかりで、檻を載せた台車を運んでいた。その檻の中には妙に整った顔をした銀髪の青年が入れられていた──彼の目は七色に輝いていた。 「妖精である証拠に、目が光っているでしょう? 私たちが運んでいるのは妖精です! お手を触れないよう! 妖精は危険な生き物です──が、非常に興味深い生き物だ!」  研究所に妖精を運んでいるのだろう。そういえば、魔術を使うには妖精の存在が必要だという話も聞いた。魔術師と妖精はセットなのだ。魔術の研究に、妖精も必要になるんだろう。  なんだか、変な汗が出てきた。心臓が嫌な音を立てる。  妖精を捕まえたら、高額で売れると聞いたことがある。噂に聞いた話だと、もっと小さな非人間的な生き物だと思っていたのに、違うみたいだった。  いくら人間じゃないと言われたって、人間にしか見えなかった。彼らを実験に使う? 「我々はこの生物を研究し、その成果をフィードバックし、人間社会に役立てることを約束します! 古い魔術師たちのように成果を隠匿したりはしない。マグネス国民だけでなく、オークランド国民も、みんなが豊かになる社会を目指します!」  研究者たちの言葉に、聴衆がわっと歓声をあげた。  けれど、私は歓声をあげる気にはなれなかった。私と同じ気持ちの人がいないか探したけれど、見える範囲にいる野次馬はみんな楽しそうだった。  遠目に、船の方にいた黒いローブ姿の人たちだけが落ち着いているように見えた。 「……あっちにいるのが、魔術師かしら」  船の上やその周辺にいる魔術師たちをよく見ようとした時、すぐ近くでガシャーンとすごく大きな音がした。野次馬が逃げるように身を引いたから、取り残された私は何が起きたのかよく見ることができた。 「あ……」  台車の車輪が転がっていく。台車が壊れたせいで、檻が倒れたのだ。  その中にいたのは──さっきの青年にしか見えない妖精ではなくて、掌サイズの小さな人間のような妖精たちだった。透明の翅と瞳が美しく七色に輝く。彼らは倒れた檻の中で悲鳴じみた鳴き声をあげている。しゃべりはしないけれど、大きすぎる目ですがるように見られた気がした。思わず後ずさりする──その時、歪んで広がった檻の柵の隙間から、妖精が一匹するりと抜け出した。中にいた無数の妖精たちが気づいて次々と飛び出して行く。  辺りは騒然とした。 「よ、妖精を逃がすな! 一体どれだけの価値があると思ってるんだ!」  マグネス王国の研究者が絶叫した。  飛び出した妖精たちは私たちの頭の上をスーッと飛んでいく。  ガシャーンという音が色んなところから響いて、悲鳴があがった。 「そ、そこで見ているおまえたち! 妖精を捕まえてくれたら金を払う!」  次々に妖精が檻から逃げ出していくのを見て、マグネス王国の研究者たちが叫んだ。お金と聞いて目の色を変える見物人もいたけれど、私は後ずさりしようと人波の中でもがいた。 「魔術師どもは何をしている! さっさと妖精を追え! 捕まえろ!!」  研究者たちが静かに佇んでいた魔術師たちに指示を飛ばした。  人波を抜けなんとか壁際まで逃げてきた時、目の前を妖精が横切った。  ──その妖精を追って上空から急降下してきた鷹が妖精を捕らえた。妖精が金切り声をあげ、もがきながら鷹に攫われるのを目の当たりにして、私は一瞬気が遠くなった。 「酷い……」  鷹は、船の上にいた飼い主のマグネス王国の研究者たちの許に戻って妖精を引き渡していた。  彼らが鷹を訓練しているのだ。こんな風に逃げる妖精を捕まえる為に──。鷹は次の妖精を狙い空を旋回し始めた。その時、私は腰のあたりでもぞりと動く何かに気づいた。妖精が私のワンピースのプリーツの間にしがみついて、震えていた。  驚いたけれど、私は誰にも見られないよう、静かに路地に入った。 「……どこに連れていったら、あなた、逃げられる?」  人のいない場所までくると、私はしがみつく妖精に尋ねた。妖精は顔をあげて私を見た──瞳が大きい。白目が少なすぎる。宝石のように輝く青い瞳の内側には七色の光が明滅していて、その光で居場所がバレてしまいそうだった。  妖精はきょろきょろした後、私の服からそっと離れた。 「大丈夫?……一人で逃げられる?」 「ピッ」  妖精は頷くと、そっと舞い上がって逃げて行った。  どうして彼らが捕まえられているのかはわからない。罪を犯して檻に入れられていた可能性もある。  けれど思わず、逃がしてしまった……。 「逃がしちゃったあの妖精が、いい妖精でありますように」  ちょっと楽しい気分になりたかっただけなのに、こんなことに巻き込まれるなんて。  落ち着きたくて、私はひと気のない方へと進んでいった。地元だから、入り組んだ路地でも大体道はわかる。  大通りの混乱から離れた場所までやってきた。私と同じような考えなのか、人がぽつりとベンチに座っていた──いや、違う?  私の気配に気づいて顔をあげたその人の銀色の瞳の中には、七色の光が渦巻いていた。銀髪の、女性? 青年?──いや、妖精! その顔にはすぐに警戒の色が浮かび、私に掌を向けた。  よくわからないけど、たぶんまずい。でも一本道だ、逃げられない──ぎゅっと強く目を瞑って衝撃を待ったけれど、数秒経っても何もない。 「この人は大丈夫!」  銀色の妖精以外誰もいないはずの路地から、鈴を転がすような女の子の声がした。  驚いて目を開くと、私と銀色の妖精の間には、いつの間にか薔薇色の髪と目をした赤いドレス姿の子供が立っていた。薔薇色の小さなチョッキを身に着けている。  妙に顔立ちが整った子供だ。ちらりと私を見てウィンクする。そのルビーのように赤い瞳は明るく七色に輝いている──この子供も妖精なのだ。 「この人さっき、妖精を助けてた。ねえ、わたしたちを捕まえる気がないんでしょ?」  目さえ隠せば七歳ぐらいの人間の子供にしか見えない妖精はにっこり笑う。  銀色の青年姿の妖精は怪訝そうな顔で私を見た。 「ぼくたち妖精の価値を知らないの? あいつらに引き渡せば大金がもらえるのに?」  そうなの? と一瞬動揺したけれど、捕まえる気なんてない。今も心臓が嫌な感じで鳴りっぱなしだ。できたら落ち着きたかったのに、できそうにもない。  とにかく私が首を横に振って捕まえる気がないことをアピールすると、ルビーの瞳の妖精は、銀色の美しい青年姿の妖精に向き直った。 「わたしは元々オークランド王国に暮らしてる妖精。マグネス王国から無理やり連れてこられたあなたたちを逃がす為に動いてるの」 「……だけど、この辺り一帯は妖精の逃亡を妨げる仕掛けが施されているようだよ」 「それなら、わたしがどうにかできるわ」  銀色の妖精はルビーの妖精の言葉を聞き、嫌そうな顔をした。 「ということは、きみはこの国の魔術師の手下なんだね?」 「手下なんて言わないで! わたしが世話になってる魔術師は、いつ出て行ったってかまわないって言ってる。拘束もされていないし、研究だって嫌だと言えば突っぱねることができる。あそこに行けば他の人間の干渉からは逃れられるの。英雄魔術師の屋敷に行けばね」  英雄魔術師。不思議な響きを帯びた言葉が私の耳に妙に残った。  銀髪の妖精は怪しむように言った。 「そいつは本性を隠しているだけで、あの研究者たちと同じように、ぼくたちを最後には実験材料にしてしまうつもりなんじゃない?」 「たぶんそれはないと思う。協力してって言われても、断ればいいの。そうすると、いつも暗いその顔を、ますますどんよりさせてわたしたちを最悪な気分にしてくれるだけ」  ルビー色の瞳を嫌そうに眇め妖精は言う。 「それでも、安全よ……気が向かないならいいの。わたし、他の妖精たちを逃がしにいかなきゃいけないし。興味があるなら英雄魔術師、ルクレーシャス・ブルーイットって男の屋敷を探したらいいんじゃない? 北の丘の上にあるから」  そう言ってルビーの妖精はさっさと路地から出て行ってしまった。彼女の後ろ姿を見送りながら、銀色の妖精は顔を歪めて吐き捨てた。 「──どうせ、利用するつもりに決まっている」 「あのう……あなたは何か悪いことをして捕まっていたわけじゃないの?」  横からそっと尋ねたら、銀色の妖精にぎろりと睨まれた。 「妖精として存在していることが罪だとでも言いたいの?」 「ち、違うわ! 何もしてないのに捕まってるってことは、あなたたち、ひどい目に遭っているってことじゃない」 「そうだね、知らなかった?」  バカにするような口調で言われ、私は思わず言葉を続けた。 「私はリンジー・マキン。私に何かできることはある?」 「何が目的? 義憤とか? 信用できないな、噓っぽい」  怪しむように言われ、胸が痛んだ。私が助けたいと思うのは、確かに義憤なんて大層な理由じゃない。 「……今夜私の寝つきがよくなるように。悪夢を見ない為によ。自分勝手よね」 「は、何それ。きみは変な人間だね」  妖精がおかしそうに笑った。私は全然面白い気分になれないのに。 「ぼくはトピ。きみには悪いけど、きみの夢見をよくする手伝いはできそうにないかなあ」  足音が聞こえた。「そちらに妖精はいたか!」「いません!」「次!」ときびきびとした調子で妖精を捜す人間がどんどん近づいてくる。 「もう逃げられそうにない」 「そんな、空を飛んでいけばいいじゃない。あなたの大きさなら鷹も捕まえられないわ!」 「ぼくはより人間に近い形になる為に、翅をなくしてしまったんだ。空は飛べない」 「私にできることは何もないの?」 「──それじゃ、一つだけお願いがある」  トピがそう言った瞬間、その細い指と指の間から光がこぼれ出した。  私は驚いて後じさった。壁に貼り付きながら見ていたら、彼の輪郭は解けるように曖昧になり、光の粒に変わっていった。それと同時に、七色の光が彼の掌から溢れて、その上に丸い形を作っていく。まるで彼自身が溶け、溶けた部分が掌に集まってきているみたいに──その喩えは正しかったみたいで、掌に艶々と銀色にきらめく大きな宝石が現れる頃には、光に吞まれた妖精の姿は、青年から十代前半の少年ぐらいの大きさになっていた。 「え? うそ。何が起きたの?」 「この石は魔石と呼ばれている。──ぼくたち妖精にとって、命そのもの」  トピは私の問いには答えずに、掌の上に生まれた銀色の宝石を見つめながら、先程より少し高くなった声で淡々と言った。そして壁にべったりと貼り付く私のスカートのポケットにその石を押し込んだ。  トピの命そのものらしい石を押し付けられ、突っ返そうと慌ててポケットを押さえた私を、トピはまっすぐな視線で押し止めた。 「リンジー、あいつらに利用されないように、ぼくの命を預かって」 「あ……」  捕まれば実験材料にされるのだとトピは信じている。  これほど人間とそっくりで、言葉だって通じるのに──不思議な力を持つ人間ではない生き物だというだけで追われているのだとしたら。その上で利用されるとしたら?  トピを助ける為に私にできることはこれしかないのだとしたら──私は石を入れられたポケットを強く押さえた。  足音はもうすぐ傍まで近づいている。選択の余地はない。 「わかった……大事に預かるわね」 「うん。その石が見つかっても、以前から持っていたと言い張って。昔妖精にもらったって言って。決して誰にも渡さないで、ぼくにもらったことは秘密にして──ぼくは必ず逃げ出してみせるから、それはリンジーが必ず預かっておいて」 「うん、わかったわ」  通りからバタバタと足音が響いた。私は怪しまれないようにポケットから手を離した。ポケットが膨らんでいるのはスカートのプリーツに隠れて見えないはずだ。  この路地を覗き込んだのは二人の警官の男たちで、トピの目を見ると近づいてきた。 「妖精発見!──ですがリストにありません」 「なんだと? まさか、容姿が変わっているんじゃないか? 追跡から逃れようとして命を削るほどに魔力