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作者:長月遥,まち
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-15(Enterbrain)
价格:¥620 原版
文库:Bs-Log文库
丛书:花冠の王国の花嫌い姫(3)
代购:lumagic.taobao.com
花冠の王国の花嫌い姫3 騎士と掲げるグラジオラス 花冠の王国の花嫌い姫 騎士と掲げるグラジオラス 長月遥 電子版 ビーズログ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 序章 第一章 双剣六花が掲げし正道 第二章 騎士の選択 第三章 誇りの行き先 第四章 姫軍師、降誕 終章 あとがき プロフィール  空に昇る太陽が、地上を最も強く照りつける夏季の訪れ。それは人類が住み得る最北の地、ラハ・ラドマの王都スノウフラウにも平等に訪れる。  ただし、気温が二桁近くになれば「今日は暖かいねえ」で、夏感が皆無なので、西大陸では夏季であっても、ラハ・ラドマにおけるこの季節を夏とは呼ばない。暖季と言う。  寒さが抜けない春を越え、涼しいというより寒い秋に移りゆくまでの短い夏を多くのラハ・ラドマ国民が歓迎する中、調理場でげんなりとする少女の姿があった。 「いよいよ……来るわ。魔の季節が」  春先の淡い陽の輝きを持つ金髪に、瑞々しい青葉の緑の瞳。生命息づく季節にこそ、より相応しく明るい色彩を持ち、色合いにさらなる説得力を与える可憐な顔立ちをしているその少女──フローレンスは、現在表情をどんよりと曇らせている。  窓から燦々と降り注ぐ太陽光へ、そして光に向かって目一杯枝葉を伸ばし、ここぞとばかりに花を咲かせる植物たちへと疎ましげな目線を向けてから、フローレンスはため息をついて視線を逸らす。  大陸屈指の権威を持つエスカ・トロネアの第二王女に生まれたフローレンス・テア・エスカトロネアは、大国の王女として歩むべき当然の人生を、体質一つで失った。  ──原因となった『体質』とは、重度の花アレルギーであること。  穏やかな気候と豊かな大地に恵まれ、一年中色とりどりの花を咲かせる華やかな王国、エスカ・トロネア。どの季節にあっても美しい景観を失わないその国は、大陸の人々から花冠の王国、現世の楽園と褒め称えられている。  よりにもよって自国の名産品に過剰に反応し、くしゃみ鼻水鼻づまり、目の充血、目のかゆみが、一年中絶えることなく襲いくる日々。  身分が足を引っ張り、国外脱出もままならないフローレンスが取れた手段は、病弱と偽って部屋に引きこもり、淑女として致命的な醜態を隠し通すことだけ。  そんな折、人生十六年目にしてついに光明が差し込んだ。  西大陸北端に位置する、辺境弱小国ラハ・ラドマ、イスカ王子との婚約話である。  ゴリゴリ押し続けてやっと婚約にこぎつけラハ・ラドマに移り住み、実に快適な日々を過ごしていたのだ。……数日前までは。 「姫にとって……この国での暖かな日々は、やはり魔となってしまいますのね」 「ええ、そうよ。予兆を感じるもの」  神妙な様子で応じてくれたミリアに、フローレンスも重々しくうなずく。  ミリアはフローレンスよりももう少し濃い色合いの金髪と緑の瞳を持った、幼少期からずっと親しくしている四つ年上の侍女である。貧乏小国に嫁ぐ何の利もない王女に、即断でついてきてくれるぐらいに仲が良い。 「わたしには分かる。体が、訴えてくるから……っ」  暖季に入ったあたりから、兆候はあった。しかし気のせいにしたかった。  だが、もう認めなくてはならない段階にきてしまっている。 「ラハ・ラドマならもしかしてと願っていたけれど、夏は、やっぱり駄目なのね……!」  おそらく数日のうちに、部屋に引きこもる日々を送ることになるだろう。  婚約者であるイスカ・ヴァル・ラハラドマは優しい人で、アレルギーで起こる症状の諸々を気にしないと言ってくれている。本当だとも思っている。  一生隠し通すつもりだった体質が、症状を引き起こした瞬間を見られる、という最悪の状況でバレたときも、彼は嘲ったりしなかったから。  だが──むしろフローレンスの方が無理だ。  一体誰が、好ましく思っている異性に無様な姿を晒したいと思うものか。  ただ、やはり空気中の花粉の量がエスカ・トロネアとは段違いらしく、部屋を閉め切っていればほぼ感じない。案外楽に乗り切れるのではないか、とまだ希望を持っていたい。 「わたしこれから、季節が変わるまで換気しないから」 「それはさすがに無理かと……。体にも良くありませんわ。別の病気になりそうです」  今日を限りに滅多なことでは部屋の外へは出ないと決めているフローレンスだが、完全な閉め切り状態はミリアに許してもらえなそうだった。心から残念だ。  王女として不甲斐ないとは思うのだが、笑い者になるよりは誰にとっても被害は少ないはず。元々病弱設定が周辺諸国に行き渡っているので、長期間引きこもっても怪しまれることはないだろう。  そんな貴重な表に出られる最後の一日を使ってフローレンスが今やっているのは、お菓子作りだったりする。イスカへの挨拶兼、贈り物である。選んだレシピはティー・ケーキ。ドライフルーツの自然な甘みと紅茶の風味が大概の人に好まれる、ティータイムの定番だ。 「そろそろよろしいかと思いますわ。姫、お気を付けてくださいましね」 「大丈夫よ。ちょっとは慣れてきたし」 「そういう油断が一番危ないのですわ」 「……よく言われるわね。気を付けるわ」  ミリアの忠告に、先人たちの多くが同じ言葉を残しているのを思い出し、フローレンスは素直にうなずいた。そして慎重に、オーブンから焼き上がったケーキを取り出す。 「うん。まあまあかな」  フローレンスの自己評価における『まあまあ』とは、『自分にしては上出来』ということだ。笑みに綻ぶ表情が満足そうなのが、仕上がりを如実に物語っている。 「短期間でよく上達なさいましたわ。頑張りましたわね」 「そうね。楽しかったし」  一通り、淑女のこなすべき教養と、周囲と話を合わせるための趣味を嗜んできたフローレンスだったが、自室でできないものには手を出せなかった。料理もそのうちの一つだ。  ラハ・ラドマに来て、アレルギー症状に悩まされることなく厨房に入れるようになった。新しい生活に馴染んだ頃合いを見計らい、手を付け始めたのが少し前。 (やっぱり、ほら。こういうのって一回ぐらいは食べてほしいわよね)  贈る相手のことを想像して、フローレンスが少し頰を染めると。 「お相手がいると、やりがいがありますものね」 「そっ、そうね。やりがいも加わるわね」 「まあ。ふふ」  それだけじゃない、純粋に楽しくもあるし──というフローレンスの抵抗は、動転がそのまま声に出てしまったために、効果を発揮することなくミリアに受け流された。 (それはね、イスカ相手に贈るのでなければ、ここまで楽しく作れたのかって訊かれると……何とも言えないんだけど)  フローレンスが自覚して認めていればミリア的には満足だったようで、隣の部屋でバスケットの準備をしているジゼルのもとへと移動していった。ジゼルはこの国に来てからの侍女で、フローレンスより一つ年上である。薄い茶色の髪と紅茶色の瞳をした、隙のない容貌の女性だ。……あくまで容貌と雰囲気の話だが。  今日は暖かく(あくまでもラハ・ラドマ比で)天気もいいので、外でお茶を楽しむ予定だ。イスカにも誘いをかけて了承されており、北の庭園で待ち合わせている。 (時間も丁度よさそうね)  自作のケーキを見やり、期待と不安とで少し鼓動を速くしている心臓をなだめるために、何度か意識して深い呼吸をする。 (多分イスカは、明らかな悪意以外なら、出来が多少アレでも長所を探して褒めてくれるんだろうけど)  でもせっかくならお世辞じゃなくて、心から美味しかったと言ってもらえるといいな、と思う。  ミリアとジゼルを伴いフローレンスが待ち合わせ場所へと向かうその途中で、宮殿の一角から響くには相応しくない、物騒な金属音が耳に届いた。フローレンスはぎくりとして足を止め、反射的に辺りを窺ってしまう。その音はまだ記憶に新しい、先日起きた事件を彷彿とさせるから。  過日の事件とは──ラハ・ラドマの第二王子であるセクトを騙し、正教会神官に成りすまして潜入してきた、大砂漠帝国の工作員が引き起こした騒動だ。  正教会神官一名の犠牲を出してしまったが、事件自体は収束させることに成功した。騒ぎの元凶となった工作員であるカフィエズとその部下たちは、今頃正教会への道のりを護送車の中で過ごしていることだろう。……途中で逃亡していなければ、だが。 (正教会にも意地があるでしょうし、大丈夫だと思いたいけど)  どちらにしろ、もうラハ・ラドマには手出しできない所に行ってしまっている。取り返しのつかない害を被った正教会からの引き渡し要求を、国としての立場がかなり弱いラハ・ラドマが拒めるはずもない。  フローレンスも拒む理由はなかったと思っているが、心残りはある。 (結局、暗躍の全貌は分からずじまい。気にするなっていう方が難しいわ)  カフィエズはラハ・ラドマの一件は仕事の一つ、と口を滑らせている。  そして彼が西大陸に入り込んだのは、セクトの留学よりも前。それだけの期間、何もしていない方がおかしい。  ラハ・ラドマが行った尋問に、カフィエズは口を割らなかった。しかも時間もなかった。すぐに正教会が彼の身柄を奪って行ってしまったためだ。  ずっと引っかかっているせいだろう。ふとしたきっかけで、つい思考が持っていかれる。 「──何か、あったのでしょうか」  フローレンスと同じ連想をしたらしいミリアは、先に進むかどうかを迷った様子で主の判断を仰ぐ。 「大丈夫です。剣舞の音だと思います」  フローレンスがミリアに答えるよりも先に、乏しい情報を補塡する形でジゼルがそう言った。頭に過った事柄より、大分平和的だ。 「剣舞……」 「得物の重さや振るう感覚を忘れないように、一日に一回ぐらいは息抜きを兼ねて舞います。……け、けど、エスカ・トロネアではや、やらないですよね」 「ああ、うん。何事もなければいいのよ」  後半、言ってよかったのかな感を漂わせたジゼルだったが、今更だ。  過去、武勇によって国を支えてきたラハ・ラドマが、雪と氷しかない弱小国となった今も、当時の武力を維持していることを、先日フローレンスは目の当たりにした。 (だからって何が変わるわけでもないけれど)  その鋭い刃を使うべき場所は今の平和な西大陸にはなく、穏やかで誠実なラハ・ラドマの国民性が偽りだったわけでもない。  ラハ・ラドマは過去も今も、雪に覆われ実りの少ない不毛の弱小国だ。でも、それでいい。この国の誰も、武力によって財を得ようなどとは思っていないのだから。 (豊かになるなら、皆で笑ってよかったね、って言える方法で目指さなきゃね)  ジゼルの答えに安堵して、フローレンスたちは北の庭園へと入り──そこでは確かに、観客を必要としない剣舞が披露されていた。 (わ……っ)  そしてそれは、うっかり見惚れてしまうほど、見事だった。  フローレンスの婚約者であり、この国の王太子である第一王子イスカは、濁りのない艶やかな雪の白髪と、冷たい海の色だと言われる灰青色の瞳を持つ、怜悧で端整な面立ちの美青年である。  ときに魔性にたとえられるほどの妖香と存在感を放つ彼が、弱小国の王子らしからぬ頻度で淑女たちの噂話に上る理由を、こんなときに実感する。  舞台装置は何もない。衣装も宮殿における平服。両手に剣を携えたその姿は、西大陸で武器を持つ職業である騎士のそれとはかけ離れている。だが違和感を覚えさせないぐらいに、両の剣はイスカにしっくりと馴染んでいた。 (綺麗……)  刃物を持った人間に抱くには、少々奇妙な感想だったかもしれない。  だが体幹を揺らがせることなく振るわれる剣の軌跡が、それを繰る四肢が、とても美しい、とフローレンスの美的感覚にはっきりと訴えてくる。気持ちの高揚に胸が高鳴った。  イスカの振るった左の剣と、相方を務めていた彼の侍従であるアルフルードの剣が嚙み合い、一際高い音を響かせる。そこで剣舞は終演を迎え、イスカはフローレンスを振り返った。  惜しみなく拍手をしながら、フローレンスは賛辞を贈る。 「とても素敵でしたわ」 「そ、そうか?」  予想外の褒め言葉だったのか、イスカは戸惑った様子で目を瞬かせた。それから、少しはにかみつつ。 「ありがとう。だが型をなぞるためのものだから、剣舞としての見応えは物足りなかったと思う。気に入ってくれたのなら、いずれ舞曲としての剣舞を披露させてくれないか?」 「はい、ぜひ。楽しみにしておりますわ」  先日判明したのだが、イスカは身体能力が非常に高い。体を使うことに関しては、すべてにおいて器用である。そんな彼が見せてくれる剣舞は、さぞ素晴らしいものだろう。 (その能力、王族としては不必要なほどと言うべきか、でもラハ・ラドマ国の人としては当然と言うべきか……)  イスカの力で助けられた身としては、王族にそこまでの技量は必要ないなどと、丸ごとの否定はし難い。それにどの分野であってもできることが多いのはよいことだろう。  イスカが身体能力の半分でも政務に優れていれば、今頃ラハ・ラドマの評価は大分違うものとなっていただろうが、才覚は持って生まれた資質も影響するから仕方がない。  政務に向かない、というのはイスカが特別愚かであるという意味ではなく、彼があまりに人が好く誠実な気質の持ち主だからだ。  他者が害を被ることを良しとせず、また人の言葉の善意をほぼ疑わない。その性質は、相手を騙し、陥れてでも己の目的を成就させることが常識である、政治の世界で渡り合うには致命的と言えた。  だがイスカの、悪意よりも善意を重んじる勇敢さ、情の深い性格は尊い美徳だと思っているので、そのままでいてほしい、とフローレンスは願っている。 「お邪魔ではありませんでしたか?」 「少し時間が空いて、手遊びにアルに付き合ってもらっていただけだから問題ない」 「そうでしたか」  途中で邪魔してしまったかと心配だったのでほっとした。大丈夫なようなので、早速お茶の用意をするようミリアとジゼルを振り返る。心得た侍女たちはてきぱきと地面に絨毯を広げ、準備を進めてくれた。 「実は……というほどではありませんが、今日はわたしがお菓子を作ってみたのです。お口に合えばよいのですが」  イスカに好き嫌いがないことは、使用人たちへの聞き込みで知っている。無難なケーキであれば問題はないはずだ。  フローレンスの言葉に、イスカはまじまじと彼女を──そして件のケーキが入っているだろうバスケットを見て、目を輝かせた。 「貴女が? そうか。──楽しみだ」 「か、過剰な期待はなさらないでくださいね」  イスカから滲み出る期待値の高さに、フローレンスは慌てて言い添えた。謙遜でも何でもない。やっとレシピ通り作れるようになりましたくらいの腕前なのだ。  だというのに。 「貴女の手作りは俺にとって特別だから、過剰ということはない気がする」 「──っ」  美味しく食べてほしい、喜んでくれたら嬉しい、と思って作った物だが、食べる前から喜ばせてくるとは、どういうことだ。  顔を赤くし、応える言葉を紡げないでいると、沈黙を代わりに埋めるように、アルフルードが戻ってきて物珍しそうな声を上げた。 「へえ。こちらの大国の姫君は、料理なんかするんですか」  こちらの、という言い方が示すように、彼の出身は西大陸ではない。漆黒の髪に砥いだ鋼色の瞳、褐色の肌を持つアルフルードは、中央大陸、大砂漠帝国からの移民だ。  侍従の純粋な興味に、イスカは振り向くとうなずいた。 「菓子の材料は高価だったりするから、貴人の趣味として許容されているな」 「あぁ、贅沢品限定、ということですか。それにしても許容とは。高貴な方も大変ですね」  アルフルードの言い様は、嫌味と呆れと同情が同程度ずつ含まれているようだ。嫌味と呆れの部分はともかく、フローレンスは違う見方を教えてもらった気分で、なるほど、と心の中で感嘆した。  フローレンスは別段、自分の手で料理をしたいと思ったことはないが、興味がある姫君にとっては、嗜好品の菓子しか作れないなんて、面倒な慣習に違いない。 (……というか、そうよ。これ、よく考えなくても贅沢だった!)  何ということだ。あまり豊かではないラハ・ラドマの財政事情を、忘れていないつもりで忘れていた。 (いえ、違うわ! これは無駄じゃないっ。いつかきっと、外交で活かす機会があるはず! 大丈夫まだ無駄遣いじゃない、多分……)  けれど今後は感覚を忘れ去らない程度に、最低限の頻度にしよう、と意識に刻んだ。  そうして全員が集まって敷かれた絨毯の上に腰を落ち着け、侍女二人の給仕を受ける。 「暖かい季節になりましたので、外で気軽にお茶を楽しめるようになりましたね」 「ああ。そうだな」  ジゼルに渡されたカップから、湯気の立ち上る紅茶を一口啜ってイスカは同意する。が、フローレンスを始めとして、残りの三人は沈黙したままだ。微妙な空気が漂う。 「殿下、暖かいといっても、最高でギリギリ二桁に乗るか乗らないかという気温ですよ」 「そうだが……。お前がうちに来てから結構経つが、長く居ても慣れないものなんだな?」  ラハ・ラドマ出身者以外の心の内──決して暖かくはない、という主張を代弁したアルフルードに、イスカはそういうものか、ぐらいの調子で言った。流れのまま視線が向けられたので、フローレンスは微笑で肯定を返すに留める。  イスカが──というか、宮殿の皆が少し前から薄着に替え始めたのは分かっていたが、フローレンスにはとても無理だ。まだ寒い。冬装備が必要だ。 「アルフルード様がこの国にいらしたばかりのときも寒がっておられた前例がありますから、フローレンス様も多分お辛いだろうなと思って、冬仕様のままにしてあります」 「ええ。助かっているわ。ぜひこのままで」  フローレンスは隣のミリアと笑い合う。当然のようにミリアも冬仕様のお仕着せだ。 「……俺の、前例……。フローレンス様、『も』……?」  ジゼルの言葉に引っかかりを覚えたらしいアルフルードは眉を寄せ、フローレンスと、そしてミリアを見る。次いでイスカ、ジゼル。最後に自分を。 「っ……!」  そして何かにいたく衝撃を受けた様子で息を吞んだ。 「アル? どうした?」 「俺が……、俺がまさか、深窓の姫や侍女と同……!? あり得ねえ……ッ!!」 「おい?」  俯き、視線をカップに落としつつ肩を震わせ、暗く沈んだ様子で呻く様は普通に心配になる。近しい関係なら尚更だろう。 「一体何を──」  だがそこで、訊ねるイスカの言葉が途中で止まった。そして緊張した面持ちで顔を宮殿へと向ける。続いてジゼルも。 (何?)  フローレンスが感じ取れるものは一切なかったが、彼らがこういう反応をするということは──と、首を巡らせた。少しして、兵士が一人駆け込んでくる。 「イスカ殿下!」 「どうした」 「オ、騎士橋オーダーブリツジが崩落し、橋周辺が大砂漠帝国軍によって占領された、という報せが入りました!」 「!!」  兵士の報告に、その場にいた全員が硬直した。  ラハ・ラドマやエスカ・トロネアのある西大陸と、大砂漠帝国のある中央大陸との国境を守る騎士団領は、国ではなく有志が集まって形成されている防衛拠点だ。大砂漠帝国へと続く空白地帯に接した前面に剣の砦、西大陸に続く内陸側に盾の砦と、二つの要塞から成っている。  騎士橋は西大陸側から騎士団領に繫がる唯一の道であり補給路で、活動の生命線と言っても過言ではない。  兵士の報告にはなかったが、騎士橋が陥落したということは、騎士団領を越えて、帝国軍が西大陸本土に迫ってきている──と、連想は当然、そこに行きつく。 「騎士団領はどうなっている!?」 「大砂漠帝国軍の急襲を受け、籠城戦に入ったとのことです」 「騎士団領本体は無事なのか。ってことは、騎士橋を落としたのは入り込んだ少人数の遊撃部隊だろうな」  現在騎士団領は帝国軍本隊と別動隊に挟まれ、孤立しているという状況だ。帝国軍は厄介な騎士団領を落としたら、一気に西大陸に攻め上がってくるだろう。 「籠城戦に持ち込んだのなら、あとは食料や物資がどれだけもつか、だな」  兵士の言葉に軽く眉を寄せつつアルフルードは呟く。補給が断たれているのなら、その補給路を再度確保するまで攻撃よりも資材の節約を優先しなくてはならない。 (ともかく、まだ騎士団領そのものが陥落したわけではないのはよかったわ)  一報を聞いたときにはぞっとしたが、続いてもたらされた情報に少しだけほっとする。急いで騎士橋を取り返せば、頑健な二重の砦によって帝国軍の西大陸侵攻は防げるだろう。  何しろ騎士団領は、創設以来百五十年間、一度も大砂漠帝国の侵略を許していない、まさに西大陸の守護者だからだ。 (帝国の工作員が西大陸ラハ・ラドマに入り込んできた時点で、いずれこうなる可能性はあったけど)  どこの国にとっても他人事ではない案件だ。別途に情報収集はしているだろうが、当事者となったフローレンスは、より詳細な情報として、カフィエズのことを兄・セリスに手紙で報告してある。  内乱で手いっぱいだったはずの帝国が西大陸へと手を伸ばしてきたということは、侵攻できる態勢が整ったということ。  予想はしていたが──思っていた以上に、早い。  けれど世の中とはそんなものなのかもしれない。変化の予兆は誰もが感じていて、しかし今日と変わらない明日が来ると根拠もないままに信じて──ある日突然崩れ去る。 「……分かった、ご苦労。引き続き、騎士団領周辺には注意を払っていてくれ」 「はッ!」  敬礼し、去って行く兵を見送るイスカの瞳には、強い憂いが浮かんでいた。  緊迫感を増した世情に思うところがあるのもそうだろうが、イスカにとってはもっと身近に感じる懸念材料がある。 (騎士団領には、セクト殿下がいるから……)  イスカの弟であるセクトは、己の意志で騎士団領に所属している。  十四という年齢を考えれば、おそらく従騎士扱いで戦場に出ることはないだろうが、現場の危険性は楽観できるものではないはずだ。 「騎士団領が……わたしたちはどうするべきなのでしょうか」 「何もすることはありませんね」  うろたえたジゼルの言葉に、アルフルードはあっさりとそう言った。 「騎士団領とラハ・ラドマがどれだけ離れていると? 私たちが今から行動を起こして騎士団領に辿り着く頃には、周辺の国々がとっくに同じ事をしているでしょう。……というより、こちらに報告が届いている現時点で、すべてが終わっている可能性さえあります」 「あ……そ、そうですよね」  もっともである。そして事後処理に協力を申し出たところで、辺境小国からの支援など誰も期待していないだろう。実際、ラハ・ラドマは他所を援助するほどの余裕があるとは言い難い。もっと力があって、皆が行動を期待する国がいくらでもある。 (エスカ・トロネアは、今頃凄く忙しいでしょうね)  西大陸中央に位置するエスカ・トロネアから騎士団領は、馬で半月の場所にある。騎士団領が落ちれば、明日は我が身と言っても過言ではない状況だ。西大陸の権威として、自分たちに直接降りかかってくる現実的な脅威に対し、主導で動いているはず。 「……」