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作者:吉村りりか,雲屋ゆきお
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-15(Enterbrain)
价格:¥640 原版
文库:Bs-Log文库
丛书:恋するシェイクスピア(2)
代购:lumagic.taobao.com
恋するシェイクスピア 十二夜 ―身代わり小姓と不機嫌な公爵― 恋するシェイクスピア 十二夜 ─身代わり小姓と不機嫌な公爵─ 吉村りりか 電子版 ビーズログ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 古典というと、堅苦しいのでは── 序章 第一幕 第二幕 第三幕 第四幕 終章 あとがき 後日談~オーシーノーの苦悩~ プロフィール  古典というと、堅苦しいのでは……? と思われがちですが、そんなことはありません! 男装の少女、人嫌いの公爵、引きこもりの伯爵令嬢……そんな魅惑的な設定も、勘違いの連鎖によるラブコメ的ドタバタも、すべてシェイクスピアの原作そのまま。ただし、内面描写にはしっかりとラノベ的脚色がほどこされ、ロマンチックな恋愛要素がぐんと高まっています。 『十二夜』の多様な人物の織りなす物語に、きっといまの人たちも夢中になることでしょう。 『十二夜』はドタバタ、ハラハラ、そしてなにより恋のドキドキが詰まった物語です。舞台はそのまま、でも現代人の目線でシェイクスピアの世界を体感できる! きらびやかで奥深いシェイクスピアの世界への入口としてもぴったりと思います。 作家 ほしおさなえ  このもつれた糸は私の手にあまるわ。  ああ、時よ。おまえの手にまかせるわ、  これを解きほぐすのは 『十二夜』 ウィリアム・シェイクスピア 訳=小田島雄志  すすり泣くような潮騒の音が聞こえる。  頰に触れるざらついた砂の感触に、ヴァイオラはゆっくりと目を開いた。やけに体が重たく、首筋に張り付いた髪も不快に感じられる。 (ここは──)  目の前を、カニが横切る。その軽快な動きに、ヴァイオラの意識が少しずつはっきりとしてきた。二度三度瞬きをしてみるも、カニの姿は消えない。 (まさか……海岸?)  夢とは思えない光景に、軋む体を労りながらゆっくりと起き上がる。  そして、眼前に広がる様相に、ヴァイオラは愕然とした。  雲一つない冴え渡った青空に、穏やかに波音を立てるエメラルドグリーンの海。そして、目に眩しいほど輝く白く美しい砂浜。  どれもが、ヴァイオラの初めて見るものだった。  ヴァイオラの知る海といえば、深い群青色の荒々しい海だ。しかし、目の前の海は違う。そもそも、こんなに強く太陽が照りつける場所をヴァイオラは知らなかった。  ここは、なんて美しい場所なのだろう。  熱気を含んだ潮風が、ヴァイオラの柔らかい麦穂のように美しい金の髪を撫でていく。  やはり夢なのではと疑いながら辺りを見回していたヴァイオラだったが、ふと見覚えのあるものが目について息を吞んだ。  浜辺の流木の陰に、ヴァイオラの衣装箱があったのだ。  美しい装飾の施された衣装箱を目にした途端、気を失う前のことが一気に思い出された。  轟くような波の音に、激しい雷鳴。そして、船の砕ける音──  そうだ。巡礼の旅の途中で、乗っていた船が難破してしまったのだった。 「──っ!」  では、兄は。血を分けた家族である双子の兄は一体どこにいるのだろう。ヴァイオラは慌てて立ち上がったが、その砂浜に人影は見当たらなかった。白い砂地がまばゆく輝くばかりだ。海へと視線を移しても、そこにはなにもない。嵐が去ってから大分経つのだろう。濁りなく澄んだ海は美しく、木切れ一つ浮かんではいなかった。  兄が、どこにもいない。  家族の中で最も仲が良く、生まれた時からほとんど、離れたことのなかった双子の兄だった。それなのに今、兄がそばにいない。  たったひとりで放り出されたというこの状況に、ヴァイオラは今一度愕然とした。 (お兄様は、どこ……?)  最後に記憶にあるのは、ヴァイオラを小舟に乗せようと躍起になっていた兄の姿だ。  ここに漂着しなかったということは、どこか別の場所へ流されたか、それとも──  最悪の考えが脳裏に浮かび、ヴァイオラは慌てて頭を振ってその思考を追いやろうとした。けれども、嫌な予感は消え去らない。  あんなにすさまじい嵐の中で、助かったことのほうが奇跡なのだ。荒れ狂う海に放り出されて、どうやって無事でいられるというのだろう。船が沈んだのは、陸が見えないような沖でのことなのだ。  呆然としながらも、ヴァイオラは衣装箱のある場所までよろよろ歩いて行った。なにか手がかりがあればいいと思ったのだ。しかし衣装箱の中にあったのは、ヴァイオラのドレスと僅かばかりのお金だけ。兄の行方を示すものは、どこにもない。 「どうしよう……」  途方に暮れて呟いたその時、砂を踏む足音が聞こえ、背後から声がかかった。 「お嬢様、無事だったんですか!」  はっとして振り返ると、そこには立派な髭を蓄えた、見るからに頑丈そうな男の姿があった。ヴァイオラの乗っていた船の船長だ。 「船長さん! 無事だったのね」  ぱっと笑顔を浮かべると、ヴァイオラは船長に駆け寄った。 「ええ。あちらの岬のほうに流れ着きまして」  遠くを指さして、船長が無骨な顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。 「お嬢様が無事で良かった。お怪我は、ありませんか?」 「ええ、私は大丈夫だけれど……」  言葉を詰まらせて、ヴァイオラは慎重に口を開いた。 「船長さん。お兄様の姿は、見なかった?」  見ましたという答えを期待して顔を見上げる。しかし、兄のことを口にした途端船長の表情は陰ってしまった。 「すみません、私も探したんですが……。残念ながら、どこにも」 「そう……」  やはりあの嵐は、兄を吞み込んでしまったのだ。  そう思いかけたヴァイオラだったが、何故か実感が伴わないことに気がついた。  どこかで、兄が生きているような気がしたのだ。  双子の勘とでも言うべきものだろうか。兄が死んだと納得することが出来ず、ヴァイオラは異様な熱のこもる目で、海を見つめた。 「ねえ、船長さん。私が助かったんだもの。お兄様も生きているわよね、きっと……」  兄が死んだと嘆くよりも、無事かもしれないと希望を持つほうがずっといい。祈るように言って顔を上げると、船長がはっと息を吞んだ。きっと、ヴァイオラが健気に泣くのを我慢しているように見えたのだろう。気遣うように何度も頷いて、船長は励ますように言った。 「ええ、きっとそうですとも! それに、私はこの目ではっきりと見ましたからね。波間に浮かぶマストに体を縛り付け、イルカの背に乗ったアライオンのようにゆうゆうと荒波を乗り切って行かれる兄君の姿を。ですから、きっとご無事ですよ」 「本当!?」 「ええ、本当ですとも」  マストに体を縛り付けていたとは知らなかった。船長の力強い言葉に、じわじわと希望が押し寄せてくる。 (そうよ。きっと、生きているわ)  船長の言葉が最後の一押しとなって、ヴァイオラは元気を取り戻した。なにより、立ち直りの早いのが彼女の取り柄なのだ。 「ありがとう、船長さん。そう言ってもらえて嬉しいわ」  前向きに言いながら、にっこりと微笑む。しかし、心に余裕が出てくると、別の問題に目を向けることが出来るもので、ここでようやくヴァイオラは、差し迫った次の問題──自分の置かれた境遇の大変さに気づくことができた。 (そういえば私、これからどうすればいいのかしら)  流れ着いたのは、この小さな衣装箱だけ。そこにあったお金はほんの僅かで、すこしばかり飲み食いすればすぐになくなってしまうだろう。  その上、いつも頼りにしていた兄がいないのだ。  つまり、故郷から程遠く離れた異国の地で天涯孤独の身になってしまったということだ。  さすがのヴァイオラも、これは楽観的に見ていい状況ではないと気がついた。仮にも伯爵令嬢ではあるから、家に戻ることさえ出来ればなんとかはなるだろう。 (でも──)  家を出てきた時のことを考えると、帰るのは躊躇われた。双子の兄と二人で、半ば飛び出すようにして出てきてしまったのだ。  それ以前に、帰れるのかという問題があった。この浜辺を見る限り、ここは故郷からひどく隔たった場所のように思える。 「ねえ、船長さん。ここがどこだか分かる?」 「ここは海辺の国イリリアですよ」 「イリリア……?」  聞いたこともない地名だった。少なくとも、自分の故郷であるメッサリーンの周囲に、そのような国があった記憶はない。 「それって、どこなの? あなたはご存知?」 「ええ、それはもう。私が生まれ育ったのはここから歩いて三時間とかからぬところですので」  船長の知っている場所と聞いて、ヴァイオラはほっとした。どうやら、右も左も分からないというような最悪の事態は免れたらしい。 「じゃあ、メッサリーンまで行く方法を知っているのね?」 「そうですねえ。まあ、そうではございますが……」  歯切れの悪い船長に、悪い予感が芽生える。 「……もしかしてここ、メッサリーンからすごく遠い?」  恐る恐る聞いてみると、船長はヴァイオラから視線を逸らしながら頷いた。 「残念ながら、それはもう、はい。船でも半月ほどはかかるでしょうねえ……」 (船で半月!)  それはもはや、帰れる見込みがないということを意味していた。船を動かすためにはそれなりの金が必要だし、万が一金の当てがあったとしても、女ひとりで船に乗り込むなど未婚の娘には無謀とも言えることだった。  海には海賊や嵐などの脅威が多い。その上船を扱う海の男には荒くれ者が多く、このように親切な船長のほうが珍しいのだ。 (とすれば、どうしたらいいのかしら)  しかしヴァイオラは、帰れないことに落胆するのと同時に僅かに安堵していることに気がついた。元よりヴァイオラは、帰らなくてもいいというつもりで家を出てきたのだ。  父が生きていた頃は、ヴァイオラも生家が好きだった。けれど、三年前に父が死んでから、そこは息苦しい場所に変わってしまった。爵位を継いだ長兄の過ごしやすいように家が変えられていったからだ。  二十も年の離れた兄は厳しく、それまで自由奔放に生きてきたヴァイオラたち双子は、それは厳しく躾けられた。  召使いらと話すことも禁じられ、淑女として正しくあらねばならないと他の兄たちとも遠ざけられた。  母がいれば、少しは変わっていたのかもしれない。しかし母もいなかった。ヴァイオラたち双子の出産で体を壊し、程なくして死んでしまったからだ。  そのせいか、長兄の当たりは特にヴァイオラたち双子に厳しかった。次男や三男ら他の兄らよりも厳しく叱責され、疎まれる。そんな毎日は息苦しく、だから末子であって家の責任を持たない双子の二人は、巡礼を言い訳に旅へと出たのだ。 (それなのに、こんなことになるだなんて……)  危険は承知だったからまだいい。だが、兄を見失ったことがなによりも心細かった。女が一人でこんな場所にいたら、一体どんな目にあうだろう……。  親族や知人さえいれば頼ることもできただろう。旅の途中で知人の家に寝泊まりするのは当たり前のことで、ここへ来るまでにも様々な人の家に厄介になりながら進んできたのだ。しかし、イリリアという土地に聞き覚えがない以上、それも難しい。  かといって、船長に迷惑をかけたくはなかった。この嵐で船長は命綱ともいえる船を失ったのだ。穏やかなふうを装ってはいるが、彼も内心では先行きに不安を覚えているに違いない。 (となると──)  自ら働いて金を稼ぐ必要があった。いずれ帰るにせよ、先立つものがなければどうすることも出来ない。  しかし、働くといってもどこへ行けばいいだろう。  伯爵令嬢という身分がバレれば、余計な問題に巻き込まれる可能性がある。出来れば、必要に迫られない限り身元を隠したままでいたい。  持ち前の切り替えの速さで、ヴァイオラは懸命に頭をひねった。嘆いてばかりでは、この事態は好転しないのだから。 「ねえ、船長さん。ここのイリリアを治めているのはどんな方なの?」  ヴァイオラが唐突に質問すると、船長は驚いたように目を丸くした。ヴァイオラがまだ落ち込んでいると思っていたのだろう。 「ええと……公爵様ですよ。家柄が立派な方で」 「お名前は?」  立て続けの質問にたじろぎながらも、船長は答えた。 「オーシーノー様とおっしゃいます」 「オーシーノー様?」  ぼんやりと、浮かんでくる記憶があった。以前、父に地図を見せてもらっていた時のことだ。そういえばその時、父が言っていた気がする。メッサリーンから遠く離れた地に、無敵を誇る艦隊を持つ独り身の公爵がいる。その者の名前はオーシーノーだ、と。 「噂をお聞きしたことがあるわ。その時はまだ、お独りだと伺ったけど」 「今でもお独りですよ。少なくとも最近までは」 「最近までは……?」  なにかを含むような物言いに首を傾げると、船長はちらりと視線を岬の上へと向けた。 「ええ。一月前──ここを発つ前に、公爵様がオリヴィア様に求婚されたという噂があったんですよ。下々の者共が好むような、噂話ではございますけどね」 (オリヴィア様……?)  イリリアを治めるほどの人物が求婚しているのは、一体どんな人なのだろう。ここで生きる術を探すと決めた以上、得る情報は多いに越したことはなかった。 「オリヴィア様、ってどんな方なの?」 「本当に美しい貞淑な方でしてね。一年ほど前に亡くなったリッチモンド伯爵のお嬢様です。その後お兄様が後見をされていたのですが、そのお兄様も間もなく亡くなられまして……」 「それなら、オリヴィア様はオーシーノー公爵の求婚を受けたのかしら」  一人でいることは、侘びしく寂しいことだ。きっと良い返事をしたのだろうと思ったが、船長は難しい顔で首をひねった。 「どうでしょうなあ。兄上に操を立てて、求婚は全て断っているという話でしたが……」  その上、今後七年もの間喪に服し、修道尼のようにヴェールで顔を隠して太陽にさえその顔を見せないでいるつもりだという。  なんていじらしい人なのだろう。一人泣き暮らしている少女の姿が目に浮かび、ヴァイオラはまだ見ぬオリヴィアを慕わしく思った。 「私……その方に、お仕えしてみたいわ」  兄の不在を嘆く彼女は、自分と一緒だ。しかも、自分と同じ伯爵家の令嬢ときた。オリヴィアの境遇が自分のそれと重なるような気がして、ヴァイオラは彼女と話したいと強く願った。  良家の娘が、他家に仕えて女主人の話し相手となることは、稀ではない。とても良い思いつきに思えたが、勢い込むヴァイオラに反して、船長の返答は芳しくなかった。 「それは難しいでしょうなあ」 「どうして?」 「そのお嬢様は、兄上を亡くしてからというもの、男であれ女であれ一切人を館に寄せ付けなくなったとのことですから。公爵であっても、入れないとのことです」 「公爵様も!?」  身分のある公爵でさえも寄せ付けないというのであっては、見ず知らずの、ましてや海に全てを攫われ身分を示す術を持たない自分では、残念だが会うことは難しいかもしれない。  だとしたら、オーシーノーの邸に仕えるのはどうだろうか。  一瞬よぎった考えを、しかしヴァイオラはすぐに打ち消した。未婚の身で、独身の男の家に仕えるのは、少し恐ろしかったのだ。 (でも、それはどこに行っても同じよね……)  守ってくれる家も、親族もいないこの異国の地で、乙女である自分が生きていくのはひどく不安定で頼りないものだ。自分が男であれば良かった。兄のように勇敢で力強ければ、いくらでも生き抜く方法はあっただろうに。  しかしどれだけ嘆いても、この身が女であることは変えられない。そして、生きていくためには何がしかの策を練らなければならないのだ。 「……ねえ、オーシーノー公爵の家にお仕えすることは出来るかしら」  結局他が思いつかずにヴァイオラが言うと、船長はぎょっとしたように目を見張った。 「えっ、オーシーノー公爵の家にですか?」 「やっぱり、駄目かしら……」  しょんぼりとしたヴァイオラに、船長は慌てて言った。 「いえいえ。駄目とかそういうわけではありません。ただ、それも厳しいでしょうなあ。あの公爵様は極度の人嫌いでして、特に女性が嫌いだとかで……」 「女嫌い……?」 「ええ。なんでも、あの邸に女性はいないとのことですよ」  では、求婚しているという話はなんだったのか。一瞬気にかかったが、すぐにヴァイオラはその疑問を忘れた。  働くために良い方法を、思いついたからだ。 「あっ、じゃあ女であることを隠して小姓として公爵様にお仕えするのはどうかしら!」  口にした途端、それは素晴らしい思いつきであるように感じられた。  これなら、ヴァイオラの身分も性別も世間に隠しておくことが出来る。メッサリーンの伯爵令嬢が、家出した上に路頭に迷っているなどと知られずに済むのだ。  家の名誉を守りたいヴァイオラにとって、身分を隠すのは重要なことだった。 (そうよ! こんな簡単なこと、どうしてもっと早くに思いつかなかったのかしら)  一時しのぎにしか過ぎない方法ではあったが、これがうまくいけばひとまず暮らしていくことができる。家に帰るか、それともこの地に留まるかを考えるのは、それからだ。どちらにせよ、家に帰るためにはお金が必要なのだ。  それに小姓とは、そもそも裕福な家の子供が行儀見習いのためになるものだと聞いている。それほど厳しい仕事はないはずで、女のヴァイオラにはうってつけの仕事だと思えた。しかし、船長のほうはそうは思わなかったらしい。 「お嬢様がお小姓に!?」  船長のうろたえぶりは、相当のものだった。その反応に、よほど変なことを言ってしまったのだろうかと一瞬不安になる。それでも、ヴァイオラの決意は揺るがなかった。 「ええ。出来ないということはないと思うの。だって私、お兄様とそっくりだし」 「そりゃまあ、確かにお二人の見た目はそっくりでございましたが……」 「それに私、歌も歌えるし楽器も弾けるもの。だからきっと、大丈夫。変装すればうまくいくと思うわ。ね、お願い。公爵様に推薦して!」  この地に居住を置く船長の推薦さえあれば、公爵家に召し抱えられるのも不可能ではないはずだ。  思いつきに夢中になり、ヴァイオラは熱心に言った。 「お願い、船長さん! このお骨折りは決して無駄にしないから!」  船長は、しばらく迷っていたようだったが、結局根負けしたようだった。ヴァイオラが、一度言い出したら聞かないことを、短い船旅の中でしっかりと理解していたのだ。 「……そこまで言いなさるなら、できる限りのお手伝いはいたしましょう」 「ありがとう、船長さん!」  ──それから、数日後。  ひとまず船長の家に滞在していたヴァイオラは、小さな鏡の中を懸命に覗き込んでいた。  しかし、それはけして自分の姿に見惚れていたからではない。  自分がしっかり少年に見えるか点検していたのである。  これからヴァイオラは、オーシーノーの邸に行くことになっている。幸いなことに、船長の親戚の中には公爵家に伝手のある人がおり、その人に紹介してもらえることとなったのだ。  そのためヴァイオラは用意してもらった服に身を包み、自分の男装姿を確認していたのである。  銀糸の縫い取りがされた白い上着に、漆黒のタイツ。そしてささやかなクラヴァット。兄が着ていたものと寸分違わぬ洋服に身を包んだヴァイオラは、どこからどう見ても少年に見える。というか、兄そっくりだ。 (私とお兄様って、本当に似てるのね……)  兄と似ている自覚はあったが、こうして男物の衣装に身を包み、髪を後ろでひとくくりにするだけで、こうまでそっくりになるものかと感心する。 (胸を潰さなきゃいけないのは、ちょっと苦しいけど……)  むしろ、兄との差は体格の差しかないように思える。この姿のまま故郷へ戻れば、親しい人以外は気づかないかもしれない。  とはいえ、鏡の中で見返す少年は兄と比べると少々お転婆そうだ。しかし、強気にきらめく瞳は少女よりも少年の姿で持つほうが相応しく見える。少し不安ではあるが、多分これなら、女だと疑われることはないだろう。 (どうか、うまくいきますように!)  ヴァイオラは、自分を奮い立たせるようにぎゅっと拳を握りしめ、勇ましい足取りで部屋を後にした。  ここを出た時、自分はもうヴァイオラではない。少年のシザーリオと名乗るのだと言い聞かせて──  しかしいざ岬の上に立つオーシーノー公爵の館までやってくると、ヴァイオラは自分を取り繕うことも忘れて目の前にそびえ立つ邸を呆然と見上げた。  大きい。とにかく大きい邸だった。  ヴァイオラが育った家もそれなりの邸だったはずだが、オーシーノー公爵の館はそれを大幅に上回る大きさだった。もはやここまで来ると、城と呼んだほうがいいかもしれない。 (さすが、公爵様だわ……)  イリリアという国名を聞いたことがなかったせいで、無意識のうちに侮っていたのかもしれない。自分の認識が甘かったことを自覚しながら通されたポーチを見上げていると、すぐそばから咳払いが聞こえてきた。 「では、私はここで失礼いたします。シザーリオ殿、しっかりお勤めなさってくださいね」  はっと我に返ると、ここまで案内してくれた船長の親戚が去って行くところだった。つかの間取り残される不安が胸を掠める。しかしそれを懸命に面に出さないよう微笑んで、ヴァイオラは頭を下げた。 「はい。ありがとうございました」  顔を上げると、船長の親戚と入れ替わりに一人の男性が姿を現すのが見えた。 「では、シザーリオ殿。こちらへ」  公爵家に仕えるに相応しく、上品で優雅な男性だった。ほんの僅かな気後れを感じながらも、ヴァイオラは男の後について歩いて行く。  初めのうちは緊張で周囲を見ていられなかったヴァイオラだが、慣れてくるにつれ、廊下にも素晴らしい装飾が施されていることに気がついて驚いた。天井の装飾も、扉の飾りも、見事なものだ。廊下の窓には惜しげもなくガラスが使われており、この邸の主の裕福さが伝わってくるような気がする。 (でも──)  荘厳な見た目に反して、その邸はやけに寂れて見えた。人気はなく、聞こえてくるのは自分と前を歩く男の足音ばかり。オーシーノーの館はまるで住む人を失ったかのように、ひっそりとして感じられた。  やがて、いくつかの角を曲がった後に、前を歩く男は足を止めた。彼がひときわ大きな扉を叩く。つまりはここが、オーシーノーのいる部屋なのだ。 「オーシーノー様。シザーリオ様をお連れいたしました」 「──入れ」  中から聞こえてきた低い声に、ヴァイオラはいよいよだと気を引き締めた。  船長と練ったシザーリオの設定はこうだった。船長の遠い親戚で、そこそこの身分の家の息子。そして、オーシーノー公爵に憧れる少年だ。  住んでいた場所も、噓だとバレないぐらいに遠く、かといって不自然ではないほど近い場所だと伝えてある。はたして、その情報は信じてもらえるだろうか。  分からない。それでももう、引き返すことは出来ないのだ。  小さく深呼吸をして、開いた扉へと足を踏み入れる。そして、部屋に入ったヴァイオラはまたしても驚いた。その部屋には、ろくな装飾がなかったのだ。廊下が豪奢だっただけに、質素とさえ言えるかもしれない。  部屋にあるのは、飾りもなにもついていない簡素な机だけ。他に調度品はなにもなく、主の部屋と言われなければ、気づかないほど殺風景だった。 「お前が、シザーリオか」  耳に入った低い声に、部屋を見回していたヴァイオラは慌てて居住まいを正して深々とお辞儀をした。 「はい。お目通りをお許し頂き、ありがとうございます」  澄んだ声で答えて、ゆっくりと顔を上げる。その瞬間、ヴァ