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作者:あずまの章,ヤマダ
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-02(角川书店)
价格:¥580 原版
文库:角川Beans文库

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堀川さんはがんばらない 堀川さんはがんばらない あずまの章 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 第一話 桜、散る 第二話 鏑木先輩 第三話 真名枝高校弓道部 第四話 四人の和 第五話 弓道入門 第六話 夏が来る 第七話 特別なふたり 第八話 がんばらないとは言ってない あとがき  道路に降り積もった花びらを巻き上げ、自転車が疾走する。  入学祝いにと買ってもらった八段変速のマウンテンバイクは車道を走る自転車通勤のサラリーマンたちをごぼう抜きにしていった。数メートル先には信号が見える。あれに捕まったら三分のロスだ。上体を起こし、ペダルに載せた足に力が籠る。  と、ここで急ブレーキ。体を前のめりにしてなんとか止まった私の目の前を、横道からノンブレーキで入ってきたロードバイクに跨った学生が通り過ぎていく。片手にはスマホ。冷たい視線を送った直後、信号は無情にも青から赤へと変わった。 「堀川さんは、朝が弱いのかな?」  一時間目を無事遅刻した私は、昼休みに担任から呼び出しをくらった。  担任の松本先生は、見た目は二十代のまだ若い男性教師だ。担任教師になるのは今年からだそうで、見るからに張り切ってますという感じが初対面のときからどうにも苦手だった。 「入学式からすでに遅刻四回っていうのが、よくないことは分かるよね」 「すいません」  ただ言い訳をさせていただくなら、今月はまだ四回だ。  ここ真名枝高校では、一学期に二十回以上遅刻すると、学校周辺の掃除をしないといけない。ということはだ、一学期が四ヶ月だから、一ヶ月で四回遅刻しても合計で十六回。つまりは二十回には届かずペナルティは科せられない。そこんところをきちんと計算している私にしてみれば、まだ四回なんだよ、先生。 「誰か起こしてくれるひとはいないの?」 「両親は私より先に家を出ますし、今まで起こしてくれてた小学生の弟は飼育委員になったとかで、前より早く家を出るんです」 「小学生の弟さんに起こしてもらってたの?」 「はい」  あまりにも堂々と返答する私に、松本先生は数秒黙り込んだ。呆れてものが言えないというところだろうか。私自身、情けなくは思ってる。自覚してるからどうか安心してほしい。 「どうして起きられないのかな? 夜更かしかな?」  昼休みが始まってもう十分はたつというのに、先生はしつこかった。初めて受け持つクラスに、私のような遅刻魔がいたことがよほどお気に召さないらしい。 「寝汚いだけです」  二度寝、三度寝は当たり前。アラームは十分刻みにセットしてるけど、ほぼ無駄な行為といってもいい。三度の飯より寝るのが好きだと母親に言わしめた私が、寝る間も惜しんで受験勉強をして高校に受かっただけでも褒めてほしいくらいだ。 「遅刻してごめんなさい、先生。あと友達を待たせてるんですけど」 「堀川さん、反省してる?」 「超してます」 「……分かった。じゃあ明日からは遅刻しちゃ駄目だよ?」  私は無言で頷いておいた。遅刻しないとは約束できない。一ヶ月に四回までは自分に遅刻を許そうと決めているのだ。  先生に頭を下げて、退出する。解放された安堵から、職員室の淀んだ空気を一気に外へと吐き出した。 「伊与、終わった?」  職員室のすぐ外には、同じクラスで友人の萌々子がいた。 「終わった終わった。食堂行こ」 「もう、ちゃんとまっつんに謝った?」 「謝った謝った」  まっつんというのは松本先生のあだ名だ。本人は松本先生と呼びなさいと注意しているものの、生徒からあだ名で呼ばれるのはまんざらでもないといった様子だ。私は絶対に呼んでやらんけどな。 「新ちゃんがいなくても、起きられるようにしなきゃ」 「私も努力してる。十分ごとにスマホのアラーム設定してるもん」 「それ駄目なやつじゃん」  萌々子が頰を膨らませて不満を露にした。そのわざとっぽい表情は、小学生のときから変わらない。一部の女子から『ぶりっこ』と言われてもやめない癖は、もはや萌々子の身に染み付いた癖だ。そしてその頰をつついて空気を押し出すのは、小学生のときから変わらない私の役目である。 「明日からは、私が電話して起こしてあげる。いい?」 「ありがてえ」  持つべきものは友達かな。小学生からずっと続く友情に感動して腹の音を鳴らしていると、萌々子は顔を寄せてそっと囁いてきた。 「その代わり、遅刻しなくなったのは私のお陰だって、ちゃんとまっつんに言ってね?」  打算的なところも小学生のときから変わらない。松本先生、うちのクラスには遅刻魔のほかに超恋愛体質もいます。気をつけてください。  昼休みがはじまってから十五分たった食堂は予想通り混んでいた。どうする、と萌々子に視線を送ると、本人は近くにあったテーブルに歩いていった。 「あのー、そっち詰めてください」  上級生であろう男子生徒ににっこり微笑みかけると、二人分のスペースができあがった。こういうところはすごいなと素直に感心した。  私は味噌ラーメン、萌々子はオムライスを頼んで、空いた席に二人並んで座って食べた。 「食堂でランチなんて、高校生って感じよね」  萌々子は昨日も同じことを言っていたような気がするが、黙って同意しておいた。  食堂のラーメンの味はそこそこといった感じで、これなら初日に食べた素うどんのほうがまだましだった。萌々子のオムライスをちらりと盗み見てみると、卵は固そうで、あまり美味しそうには見えなかった。 「ねえ、伊与はもう決めた?」  スープの底に沈んだコーンを熱心にすくっていた私は、萌々子の話をまったく聞いていなかった。ようやくすくえた一粒を口の中に含みながら、とりあえず首を横に振っておいた。 「私はね、マネージャーをしようと思ってるの」 「マネージャー?」 「そ。サッカー部とか、よさそうじゃない?」  マネージャー。サッカー部。コーンの甘みを味わいながら、ああ部活か、とやっと理解した。 「いいと思うよ。萌々子、世話好きだし」 「そう思う? じゃあ入部届、書いてこなきゃ」  スープを箸でぐるぐる回してもう一粒も残ってないことを確認すると、満足して箸を置いた。萌々子もオムライスを食べ終わって、セルフサービスのお茶を飲んでいた。 「それで、伊与は部活は何にしたの?」 「帰宅部」 「それは部活じゃないでしょ」 「他に入りたいのないし。もう帰宅部に入部届出しちゃったし」 「誰に出すのよ。ていうか伊与、知らないの? うちの学校って部活必須だよ」 「マジで」  驚愕に戦いていると、「説明会で言ってたよ?」と萌々子が教えてくれた。その説明会とやらは熟睡していた記憶がある。つまり説明会の内容は記憶していないということだ。 「私と一緒にマネージャーするのは?」 「それはやだ」 「でも締め切り、今週だよ? 間に合うの?」 「なんとかする。ほとんど活動しなくていいチョロい部活、探して入るよ」 「伊与って真面目そうな顔してるのに、中身はほんと不真面目っていうか、マイペースよね」 「マイペースかあ。最近気づいたんだけどさ、マイペースって実は褒め言葉じゃないよね」 「今さら気づいたの?」  萌々子のため息を聞きながら、ラーメンのスープを意味もなくかき回す。コーンがひとつ浮き上がってきたので、残すことなくいただいた。  その日の放課後、帰る萌々子に別れを告げ、私は教室に残った。部活探しではない、掃除当番だからだ。  掃除のメンバーは男子と女子が三人ずつ。同じクラスになったばかりで仲が良いどころか名前すら怪しい者同士、ろくなコミュニケーションがとれていない。男子はさっきから女子みたいに三人で固まってるし、私以外の女子二人は同じグループらしく、ぺちゃくちゃお喋りばかり。  私はさっさと自分の分担を済ませると、ゴミ捨てに行って来ると言って教室を出た。男子のひとりが「あ、」とすまなそうな声を出していたが、もう遅い。女子に重いものを持たせたという罪悪感を、今日一日くらいはぜひ抱いてほしい。  五分後、ゴミ袋を持った私は途方に暮れていた。ゴミ捨て場は裏門近くにあると聞いていたのに、それらしき場所が見つからなかったからだ。裏門って、ひとつじゃなかったっけ?  仕方なく塀沿いに歩くことにした。ゴミ捨てなんてやるんじゃなかった。今ごろ掃除のメンバー共は先に帰っているに違いない。  ふてくされて歩く私の視界に、ひらり、何かが横切った。虫かと思って一瞬びくついたけど、なんてことはない、ただの桜の花びらだった。驚かせやがってと無言で悪態をつきながら、ゴミ捨て場を探す。  歩くにつれて、花びらはびしばしと私の顔にぶつかることが多くなった。おそらく元凶が進行方向にあるのだろう。  ほどなくして、ゴミ捨て場を見つけた。裏門の近くとは聞いていたけれど、今はもう使われていないもうひとつの裏門の近く、が正解だった。  隣では桜の木が枝を揺らしていた。遅咲きなのか、他のほとんどの桜が散った中、ゴミ捨て場の桜は満開、今がまさに見ごろだった。こんなところで咲いているのがもったいないくらいの立派な枝ぶりにしばし見惚れる。今年は弟を連れて近所の土手で花見をしたが、そこで見たものよりもずっと大きな桜だった。  ざっと風が吹いて枝がしなる。我に返ると、本来の目的を思い出した。  防護ネットをめくり、持ってきたゴミ袋を押し込む。しかし力任せに入れたのがいけなかったのか、上のほうに積まれていたゴミがぐらりと揺れたと思った瞬間、こっちめがけて雪崩のように転がり落ちてきた。  咄嗟に後退して難を逃れる。衝撃で舞い上がった花びらを見て、周囲を見て、誰もいないことにほっとした。だるいなあと呟きながら、崩れたゴミを片付ける。錆びたトタンや、段ボール、蛍光灯、地面に横たわった長い、なんだこれ。  布でぐるぐる巻きにされた長い何かは、垂直に立てると随分と大きいことが分かった。スキー板、ではないと思う。細すぎるし、軽すぎる。片手で持っても余裕だ。  何かは分からないが、ゴミの山にそっと立てかけようとした、そのときだった。 「触るな!」  突然の怒声が、空気を震わせた。  恐る恐る声のしたほうに視線を動かすと、白い道着に袴姿の男子生徒が立っていた。一年生ではないだろう。新入生にありがちな浮ついた雰囲気が少しもない。鋭く尖った視線が、私ではなく、私の手にあるものにだけ注がれていた。  やがて、無言でこちらに歩いてくる。静かな足取りだったが、全身から噴き出すような激しさを感じた。 「返せ」  声が、震えていた。  呆気に取られて動かない私に、彼はもう一度言った。返せ、と。  今度こそ言われるがままに手の中のものを差し出した。彼は両手でそっと受け取ると、一瞬だけ俯き、そしてすぐに踵を返して去っていった。  あれは上級生だったのだろうか。  ゴミ捨て場の邂逅を思い出しながらとろとろと自転車をこいでいると、後ろから軽快な足音がした。追い抜いていくかと思いきや、制服を引っ張られる。地面に足をついて後ろを見ると、 「ねーちゃん」  七歳違いの弟、新也だった。黒いランドセルを背負ってにこりとも笑わずに見上げてくる。 「あんた、帰るの遅くない?」 「図書室に行ってたから」  小学三年生にして眼鏡をかけた弟は、見るからに頭が良さそうだった。実際に学校の成績も良いらしいが、ちょっと子供っぽくないところがある。あだ名は絶対『博士』だろう。萌々子曰く、私と弟は中身以外がそっくりらしい。ようは、しっかり者ということだ。 「ねーちゃん、高校はどう? 苛められてない?」 「小学生のブンザイで、私を心配せんでもよろしい」 「だってねーちゃん、ももちゃん以外にろくに友達いないじゃん。やる気ないし、今の高校受かったのは奇跡だってお母さん言ってたよ」  まさかそんなふうに思われていたとは少しショックだ。私だって将来のことくらいちゃんと真面目に……考えてないな。まだ高校一年だし、将来のことなんてまだはるか先だろう。 「ねーちゃんは放っておくと、ドブに落ちてそれすらどうでもよさそうなときがあるから、お母さんもお父さんも心配なんだと思うよ」 「ドブはひどくね」  心配しなくても大抵のドブには柵があるから大丈夫だ。さすがの私も汚水まみれになるのは御免こうむりたい。  姉弟そろって自宅のマンションに帰ると、この時間にしては珍しく母がいた。夕飯の支度をしながら、帰ってきた私たちに笑顔を向けた。 「おかえり。一緒だったのね」 「どうしたの、お母さん。仕事は?」 「今日は半休」  ふうんと相槌を返して、自分の部屋に行った。すぐに部屋着には着替えずに、ベッドに倒れこむ。間を置かずに、制服のポケットに入ったスマホが振動した。萌々子からのメッセージだった。 『掃除お疲れ様! 明日はモーニングコールするから、ちゃんと出てね』  マメだなあと思いつつ、了承の返事をする。するとすぐに返信がきた。 『部活はもう決めた? 私も一緒に探そうか?』  大丈夫、とだけ返して、スマホをベッドに投げ出した。私が駄目人間なのは、マメに面倒を見てくれる萌々子にも原因がある気がする。ドブに落ちそうになっている私を引っ張って元の位置に戻してくれる存在が傍にいれば、ちょっとくらい人生サボっても大丈夫だろうと思わせるのだ。私のようにサッカー部員が堕落しないだろうか、ちょっとだけ心配になった。  気が進まないが、明日は部活を回ってみるつもりだった。私のような面倒くさがりにピッタリな部活のひとつくらいはあるだろう。いくつか候補を並べていると、最後にあの男子生徒の姿が浮かんだ。  言い訳する時間ぐらい、くれればよかったのに。  明日のゴミ捨ても、私が行ってみようと思った。会えればいいなと淡い期待を抱きながら、天井を見上げてやがては目を瞑る。制服は皺になるけど、かまわない。  翌朝、約束どおり萌々子はモーニングコールをしてくれた。ただ残念なことに、私が起きる予定の時間よりも一時間早かった。七時とか信じられん。二度寝というワードが頭をよぎったけど、これで遅刻したら間違いなく友情に亀裂が入るだろう。仕方なく、本当に仕方なくベッドから抜け出した。今日学校に行ったらモーニングコールは八時にしてくれとお願いしよう。  顔を洗ってリビングに顔を出すと、家族全員に驚きの表情で迎えられた。私だって驚いてるよ。この時間、確実に夢の中だもの。 「おっどろいた。あんた、どうしたの? どっか悪いの?」 「お父さんが病院つれて行ってやろうか?」 「そこまで言うほど? 今日だけだよ」  仕事がある両親は家を出るのが早いので、朝に顔を合わせることがない。自堕落な私のせいで長年叶わなかった四人の食卓が数年ぶりに実現してしまった。  朝食を食べていると、同じ食卓についている母がコーヒーを入れながら言った。 「伊与、来週からお弁当作ってあげようか」  納豆を混ぜる手を止めて、びっくりして母を見た。中学のときはずっと購買のパンで昼食をしのいできたし、高校も同じなんだと思っていた。料理が苦手とかじゃない、仕事が忙しい母には時間がないのだ。今日だっていつもならとっくに出勤している時間帯なのに、リビングでゆっくりとくつろいでいる。 「正人さんにも作ってあげる」 「ほんと? やった」  父が上機嫌でコーヒーのおかわりを母に注いでいる。弟の新也は朝のニュースに見入っていた。 「お弁当作る時間なんてあるの?」 「あるわよ。出勤時間、遅くなったから」 「それって帰ってくる時間が遅くなるってこと?」 「前と一緒よ。働く時間を減らしたの。私も歳だし、さすがに長時間勤務は厳しいわ」 「時間減らしたんなら、お弁当なんか作らずゆっくりしてればいいじゃん」 「時間ができたから、お弁当を作ってあげたいのよ。あと経済的だしね」  キャリアウーマンとして働きづめだった母の突然の方針転換に、嬉しさよりも戸惑いが勝る。単純に喜んでいる父に視線を送るが、本人はまるで気づいていない。あれが食べたいこれが食べたいと子供のようなリクエストをして、母を喜ばせていた。 「なんで一時間も早く起こしたのに、遅刻ギリギリなワケ?」  昼間の食堂は、相変わらず混雑が激しい。ささっと食べてすぐ席を譲るのが暗黙の了解だというのに、私はまだ一口も食べさせてもらえていなかった。  というのも、モーニングコールをしてくださった友人が箸を持とうとするたびに睨みつけて牽制し、自分だけはオムライスをがつがつ食べながら説教をかましてくるからだ。  注文した素うどんにトッピングした天かすがすっかりふやけてしまったのを悲しい眼差しで見つめながら、私は素直に事情を吐くことにした。 「余裕ぶっこいてたら時間が過ぎてた」 「それだけ?」 「ほ、北斗の拳の再放送を見てた」  懐かしくてついつい見入ってしまったおかげで、いつもの時間になってしまったのだ。朝から血しぶきを見せ付けられた上に、遅刻までするところだった。危なかった。 「でもさ、早く起きてもすることないしさ。萌々子はなにしてんの?」 「メイク」 「なんか高校生になってから急に目がでかくなったと思ったらそれか」  一時間かけて作られた萌々子の顔はたしかに可愛かった。うちのクラスの派手な女子グループの誰も萌々子に敵わないだろう。抱いた感想を口に出すと、萌々子は完璧なメイクが施された顔で、まるで小学生みたいに無邪気な笑みを浮かべた。  ようやく食事に手をつけることを許された私は、素うどんをすする。ふやけきった天かすも悪くはなかった。 「ねえ、部活が決まったら教えてね」 「ああ、うん?」 「その顔、忘れてたでしょ」 「いや、覚えてた。あれだよ、文学部なんていいんじゃないかなって思ってる」  集まって本を読むだけの部活。中学のときの文学部はそうだった。  高校も似たり寄ったり、大した活動なんてしていないに違いない。そう高を括っていた私に、萌々子はびっくりした顔で言った。 「うちの文学部、毎年コンクールに応募して賞を獲るようなところだよ? 入るの? 本当に?」 「絶対に入らん」 「やっぱり考えてなかった!」  なんだよ文学部のくせにその旺盛な活動意欲はよ。私の第一志望の部活がいとも簡単にポシャってしまった。 「だからさ、一緒にマネージャーしようよ」 「誰の世話もするつもりはない」 「ドリンク作ったり、洗濯とか買い出しするだけだよ」 「重労働だ」 「そう?」  萌々子はあれだ、家でもやってるから楽勝なんだ。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、出汁に浮かんだネギを箸でしつこく追い回した。 「入れる部活がないなら作ってもいい。正式な帰宅部を」 「……伊与ってさ、自分が楽をするためには労力を惜しまないところあるよね。そういうの矛盾っていうのよ」  矛盾上等。私の原動力はいかに動かずに済むかなのだ。物心ついたころから貫いてきたスタンスを、今さら変えるつもりは毛頭ない。面倒くさがりには面倒くさがりなりの鉄の意志というものが存在する。  そもそも部活必須なんておかしいではないか。学生の本分は勉強だろう。家に帰って勉学に励みたい生徒はどうなる。私は勉強しないけどな。 「うーん、ひとつだけあるっちゃあるかもだけど。それも運動部にひとつだけ」 「運動部?」 「そ。サッカー部の見学に行ったときに聞いたんだけどね、なんか部内が分裂してるみたいで、今は活動停止も同然だって」 「それだ」 「ええっ、本気? ちょっとした事故物件だよ?」  運動嫌いな私にとって運動系の部活は論外だけど、活動停止なら話は違う。入部だけしておいて、他の部員同様、積極的に参加しなければいい。  これでいいのか私の高校生活。いいんです。楽に生きたいから。  萌々子にもらった情報を頼りにやってきたのはゴミ捨て場だった。なんでも今は使われていない裏門の近くに練習場があるらしいけど、グラウンドからはかなり離れた位置だし、それらしい施設も見えない。  しばらく周囲をうろうろしていると、たんっ、と鋭い音がした。何かが破裂したような、でも風船とは違うものだ。  たんっ。  もう一度聞こえた。少し迷って、音の発信源を探すことにした。萌々子から聞いた部活は、おそらく音のする方向にある。  探るように歩いていると、やがて駐車場に出た。奥のほうにはフェンスで囲われた建物が見える。音はそこからしていた。  活動はほぼ停止していると聞いていたけれど、熱心な部員はいるらしい。見学は辞めて、入部届だけを顧問に出そうかと一瞬考えた。けれど何も知らずに入部するのも怖い。実は情報はガセで活動熱心な部活でしたとかだったらシャレにならん。  鍵の掛かっていないフェンスの扉が、まるでこちらを誘い込むように風に揺られていた。そこには『見学自由』のチラシが貼ってある。  数分後、扉を開け、なぜだか忍び足で敷地内に入っていた。足音を立てることすら躊躇われる静寂の中、そろそろと建物に近づいていく。フェンスの内部にはグラウンドというには小さすぎる芝生があった。さっきまで聞こえていた音はいつの間にかしなくなっている。  入り口らしきものを見つけて手をかけたときだった。なんの前触れもなく内側から扉が開かれた。  突然のことに驚いて声を上げることも動くこともできなかった。中から出てきたのは袴姿の男子生徒。ゴミ捨て場で会った、彼だった。 「見学者か」 「え、あの」 「ここで待ってろ。中にはまだ入るなよ」  口をぱくぱく開閉している私の脇を通り抜け、男子生徒は行ってしまった。といっても敷地外に出たんじゃない。フェンス沿いに歩いていって、別の扉を開けて姿を消した。  私は言われたとおり、入り口近くで待っていた。開けっ放しになっていた入り口の扉から中を覗いてみる。薄暗い室内に、弓がずらりと並べられていた。  三分くらいして、男子生徒は戻ってきた。手に何かの束を持っている。 「……それ、矢、ですよね?」 「当たり前だろう」  男子生徒は入り口近くにあった傘立てみたいなものに矢を入れた。そして草履を脱いで、中に入っていった。  ひとり残された私は辺りをきょろきょろ見回して、彼以外の部員を探した。けれどしんと静まり返った敷地内は、誰かの存在を否定していた。 「なにやってる。もう入っていいぞ」  姿は見えないが中から声がした。玄関前で、私は躊躇する。  見えないし、逃げてしまおうか。そう思ったのは一瞬で、次にはもう中に入って扉を閉めていた。扉の外に掛けられた木製の看板には、『弓道部』と書いてあった。  建物内は板張りで、玄関の横にある部屋は和室になっていた。脱いだ靴を靴箱に入れて、恐る恐る板張りの床に上がる。男子生徒を捜して短い廊下を進むと、テレビで見るような道場に出た。さっき見た芝生がすぐ正面にある。 「そこに座って」 「あ、はい」 「正座に疲れたら、足崩していいから」  座布団は見当たらなかったので、仕方なく正座した。膝がごりっと鳴った。痛い。 「説明とか苦手だから、とりあえず見てろ。分からないことがあったら後で訊いてくれ」  幾分離れたところで正座した男子生徒が、右手に手袋のようなものを嵌めながら言った。それが終わると立ち上がり、玄関に向かう。すぐに戻ってくると、矢と弓を両手に持っていた。  浅く礼をして、道場内を進んでいく。普通の歩き方じゃない、床を擦るような歩き方だった。  道場の真ん中辺りまで歩いていくと、方向転換して彼は座った。もう一度、礼。立ち上がり、道場の端まで進む。再び座って膝立ちで方向を変え、