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作者:伊藤たつき,あき
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-02(角川书店)
价格:¥620 原版
文库:角川Beans文库
丛书:イングテッドの怪盗令嬢(2)
代购:lumagic.taobao.com
イングテッドの怪盗令嬢 婚約と罠と男子校!? イングテッドの怪盗令嬢 婚約と罠と男子校!? 伊藤たつき 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  Contents 序章 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 第七章 終章  あとがき  メアリは大きな鉄の門を見上げて、緊張のあまり身震いした。  門の奥には芝生が広がっていて、奥に赤い煉瓦造りの大きな建物が見える。  建物は年代物のようだが、手入れが行き届いているようで、古めかしい印象はなかった。  芝生にはちらほらと制服を着た少年達が歩いている。  その様子を見て、震える拳を握って何とか気持ちを落ち着かせた。  赤い煉瓦造りの建物は、イングテッド国が誇る名門パブリックスクール、センドリック学園だ。十三歳から十八歳までの貴族の子弟が通うという校舎を見つめて、心を奮い立たせた。 「パブリックスクールなんて、女に生まれた以上絶対に縁がないはずだったのに、まさか入学する日が来るなんて思ってもいなかったわ」 「君! 何をしているんだ?」  声が聞こえて、びくりとした。門が少しだけ開いて少年が出てくる。  黒いジャケットにチェックのタイ。深緑のズボンはセンドリック学園の制服だ。 (うわっ! どうしよう……!)  内心では慌てたものの、顔には出さなかった。  大丈夫、変装は完璧だと自分に言い聞かせる。そして訓練した声色で返事をした。 「今日からこの学園に転校する事になったメリルです。よろしくお願いします」  声は男性にしてはやや高いが、十五歳の少年と言われれば納得してもらえるだろう。  転校してきたばかりで緊張している様子は、鏡を見ながら練習したはにかみがちの笑顔で表現できているはずだ。長い金髪は茶色の短い髪のかつらで隠し、目の前の少年と同じ制服を着ている。ここに来る前鏡で確認した自分は、完璧に十五歳の〝少年〟に変装ができていた。  少年はしばらく無言でこちらを見つめていた。沈黙が重くて、心臓がばくばくする。 「……ようこそ、センドリック学園へ。先生がお待ちだよ。さあ、案内しよう」  にこやかになった少年に思わず胸をなで下ろした。門に入る少年のあとを慌てて追う。 (よかった。何とか潜入できそう。だけどこれからが勝負。油断しないようにしないと。ここは女人禁制の男ばかりのパブリックスクール。もし女だってばれたら、追い出されるくらいじゃすまないわ。それにしても、どうしてこんなところに潜入するはめになったんだろう……)  ここは首都のロードンから離れた山奥だ。辺りには民家もなく、うっそうとした木々の間に全寮制の学園が建っている。これから男ばかりの寄宿舎で生活しなければならないのかと思うと、不安が心を支配した。こんな事をする原因になったある人物を思い出す。  それはイングテッド国の皇太子、月の王子との異名を持つ、アルフレイのひと言から始まった。 「ルイスが王室から盗んで行方不明になっていた宝物の情報が手に入ったぞ。あといくつ宝物が戻って来ていないか覚えているか?」  麗しいとは、この男の為にある言葉ではないかと、メアリは思った。  それほどこの国の皇太子、アルフレイの笑みは美しかった。  銀の長い髪、青い瞳、顔立ちはため息がでるほど整っていて、低めの艶のある声は聞いているだけでうっとりしそうなほど心地いい。  二十代前半の彼は背が高く細身で、姿勢良く立つ姿はまるで一枚の絵のようだ。  初めて彼を見た時は、圧倒的な美しさを前にして、緊張のあまり声も出なかった。  しかし彼の本性を知ったいまは、もうみじんも心がざわつかない。 「あと十点ほどと、前に伺いましたが」  アルフレイがわざとらしく目を見開いた。 「これは驚いた。少しは物覚えがいいようだな。その金色の髪がついた頭は、ただの飾りかと思っていたぞ」  その発言に思わずいらっとした。彼に会いに来たのはついさきほどだ。  しかしこうして彼の言動にいらっとするのは、もう何度目かわからなかった。 「……どうしてそう、相手を腹立たせる事に関して天才的なんですか?」  怒ったりすると、性格がひねくれまくっている皇太子が喜ぶとわかっているので、わざとにっこり笑った。すると、同じようにアルフレイが満面に笑みを浮かべる。 「前にも言っただろう。私ほど顔がよくて地位もあったら、口ぐらい悪くないと女性が群がってきて面倒だと」  この性格の悪さをよく知っているからこそ、アルフレイが絵本に出てくる完璧な王子様のようだったとしても、憧れを持つ気には一切ならなかった。  アルフレイが肩を竦めて、椅子に座って足を組む。  その背後には、ずらりと分厚い書物が並んだ大きな本棚があった。  ここは宮殿の庭にある温室の奥に作られた彼の書斎だ。この部屋だけは壁や天井がレンガでできていて薄暗いが、一歩出るとガラスから差し込む太陽を一身に浴びる熱帯地方の植物達を観察できる。アルフレイの許可がないと、この温室には入れないらしい。  伯爵令嬢とは名ばかりの、食べていくのがやっとの貧乏貴族の自分が、特別にこの部屋に入り皇太子である彼と話ができるのにはわけがあった。  いろいろと反論したい気持ちはあったが、悪魔さえそそのかすと言われた美貌と話術を持つ彼を口でやり込める事なんて無理だろうと、気を取り直す。 「……それで情報が入ったというのは、その宝物の十点のうち、どれですか?」  話をもとに戻して、机越しに彼に向かって身を乗り出した。 「ずいぶんやる気だな」 「当たり前です。王室の宝物庫から盗まれた宝物をすべて取り戻したら、わたしを女伯爵だって認める特許状を渡すって仰ったじゃありませんか。まさか、冗談だったなんて言いませんよね。わたしは絶対に女伯爵になって、ヒューストン家と領地を守りたいんです!」  ヒューストン家の現在の当主は、祖母のシャーロットだ。シャーロットは国で唯一の女伯爵で、いまは領地のパドグランで療養しながら領主としての仕事をしていた。  イングテッド国では、爵位は男子が継ぐものだという決まりがあるが、王室から女伯爵だと認める特許状をもらえれば、特別に女性が爵位を継ぐ事が許される。  祖母のシャーロットも、その特許状をもらって女伯爵となったそうだ。  そして自分も祖母の跡を継いで、女伯爵になるのが夢だった。 「おばあさまが女伯爵と認められる特許状を特別に頂けたのは、怪盗ルビィとして王室から盗まれた物を〝取り戻していた〟からでしょう。わたしもおばあさまのように怪盗ルビィとして王室から盗まれた宝物を取り戻して、特許状を頂きたいんです」  怪盗ルビィ、それは三年ほど前に現れ、ロードンの街を騒がせている怪盗の名だった。  予告状を出し、指定した日時に警察の裏をかいて華麗に目的のものを盗む謎の怪盗。  その正体が六十歳の祖母だと知ったのは、最近だった。  紆余曲折あって、その祖母から怪盗ルビィの名を引き継いだ。ヒューストン家は代々王室から秘密の仕事を請け負って、貧しい領地を維持してきたという。危険な仕事ではあったが、生まれ故郷である領地を守るには自分が怪盗ルビィになるしかなかった。 「立派な事を言うが、お前にシャーロットの代わりが務まるかな。お前はまだルビィとしては半人前だ。この間のルイスの月の涙の事件の時も、かなり危なっかしかったぞ。前にも言ったが、ルイスが盗んだ王室の宝物をすべて取り戻すまでは、お前を一人前だとは認めない」  ルイスとはアルフレイの異母弟だ。彼は王室の乗っ取りを謀ってアルフレイを失脚させる為に罠を仕掛けた。何とかルイスを捕まえて彼が王室と関わりがあると示す証拠の〝月の涙〟がはまった指輪を取り返したものの、いま考えてもかなり危険で綱渡りのような状況に何度もあっていた。警察に捕まらなかったのは、奇跡だといってもいいかもしれない。 「よく覚えておけ。警察に捕まったら見捨てるからな。その中身が詰まっているかどうかわからない頭で、今後もしっかり考えて行動しろ」  ひと言多い! と叫びたかったが、何とか堪えた。  確かにそう言われても仕方ないと自分でも思う。アルフレイがやや眉根を寄せた。 「もう一つ、お前に仕事の説明をする前に確認しておきたい。……婚約者がいたと聞いたが、それでもルビィの仕事を続けるのか?」  どきっとして、思わず目を大きく見開いた。 「どうしてそれを?」 「シャーロットが領地に行く前に私に相談しに来た。お前に婚約者がいて、しかも優秀な青年だから、彼がヒューストン家を継いでくれれば安心だと。もしそうなった場合、後継者問題はひとまず落ち着くから、お前がルビィをやめたいと言ったら、了承してほしいと懇願された」  シャーロットがそんな話をアルフレイとしていたなんて知らなかった。  アルフレイがじっとこちらを見つめる。 「もう一度聞くぞ。お前は女伯爵になる為に危険をおかして怪盗ルビィになった。しかしお前の大事な領地をしっかり管理してくれる婚約者がいるなら、あえて危険な道を進む必要はないだろう。中途半端な気持ちで仕事をされては迷惑だ。どう思っているか、はっきり答えろ」  アルフレイの言う事はもっともだった。思わず視線を落とす。  彼が言う婚約者とは、幼なじみのハーバードの事だ。ハーバードとは子どもの頃から仲がよくて、兄のような存在だ。賢くて頼りがいがあって優しい彼を尊敬もしている。 (ハーバードがわたしの夫になってヒューストン家の当主になってくれたら、きっと領主としてうまくやってくれるわ。彼だったら信頼もできるし。だけど……)  彼と結婚したいかと聞かれれば、返事に迷う。嫌いなわけではないし、一緒にいて楽しい。  ずっとそばにいられたらいいなとは思っている。  しかしそれが異性に対しての好きなのかはわからなかった。  それに祖母が女伯爵になった時から、自分も同じように女伯爵になりたいと憧れていた。  危険な仕事をして、あえていばらの道を進む事はないというのは、もっともな意見だ。  だが夢を諦めて楽な方へ流されていいのかと自問自答する。 (ハーバードがわたしと結婚したいと思っているかどうかもわからないわ。彼はきっと、わたしみたいに子どもっぽい女性より、〝マリア〟みたいな大人っぽい女性の方が好みだろうし)  月の涙の事件の時に、二十代の色っぽい大人の女性に変装した。それがマリアだ。  ハーバードとその姿で会った事があるが、彼は自分メアリに見せた事のない表情と態度をマリアには見せた。  彼の恋愛対象に自分メアリは入らないのだとその時思い知った。ハーバードにもきっと恋愛に対する好みや思いがあるだろう。それを無視して、親の言いなりに結婚するのは嫌だった。  視線を落としたまま、そっと口を開いた。 「わたしは、怪盗ルビィとして両親の死の真相を探り当て、女伯爵になると決めました。それに結婚なんてまだ考えられません。だからこのまま怪盗ルビィとして行動したいです」 「顔を上げろ。相手の目を見て言えないような意見は口にするな」  びくっとして慌てて顔を上げた。アルフレイの厳しい眼差しとぶつかって、戸惑う。 「仕事をやる気はあるのか?」 「もちろんです。やらせてください」  今度はアルフレイの目を見て、頷いた。 「……いいだろう。いまの言葉を忘れるなよ」  アルフレイが一つ息をついて、椅子に座ったまま腕組みをした。 「では、仕事の話をしよう。さきほども言ったが、王室から盗まれた宝物の情報が入ってきた。しかも、行方不明だった残りの宝物の十点すべてが、同じ場所に保管されているらしい」 「残りすべてですか?」  驚いて思わず聞き返していた。  ルイスが盗んで売り払った物の中で、行方がわからないものがあと十点ほどあると聞いていた。行方がわかれば、まずは王室の密命を受けた者が買い戻す為の商談をするのだが、買い取りを拒否された場合は怪盗ルビィの出番となる。  アルフレイが一枚の紙を机の上に置いた。手に取って目を通し、思わず眉根を寄せる。 「センドリック学園……。聞いた事があるわ」 「そうだろうな。山奥にある全寮制の学園で、イングテッド国でも一、二を争う名門のパブリックスクールだ。貴族の中でも地位が高く、莫大な寄付金を払える者、そして全国試験で上位に入れるような頭脳を持つ者しか入れない」 「この学園がどうかしたんですか?」 「センドリック学園の学園長、ルーク・サルカスという男は、かなりの美術品コレクターらしい。学園内のどこかに美術品のコレクションを保管する部屋を持っていて、ルイスが盗んで行方不明になっている残り十点の宝を彼が買い取り、その部屋に保管しているらしいんだ」  アルフレイが珍しく難しそうな顔をした。 「残りの宝は絵画や彫刻ばかりだから、美術品コレクターが持っているという噂の信憑性は高い。しかしあくまで噂は噂。実際にあるかは調査をしてみないとわからない。だからまず学園長が宝物を持っているか調査して確認しろ。そしてあるなら盗み出せ。それが今回の命令だ」  あっさりと言われて、思わず顔が引きつった。 「簡単に言いますけど、どうやって調査するんですか? 山奥にあるパブリックスクールなんて、そう簡単には入れないと思いますけど」 「それはお前が考えろ。ちなみに、地位の高い貴族の子弟を預かっているから、警備は厳重だ。学園は広大だし、侵入して調べるのはかなり難しいだろうな」  アルフレイが人の悪い笑みを浮かべた。 「お前がどういう計画を立ててどういう手段で調査するのか楽しみだ。パブリックスクールは教師から学生に至るまで男ばかり。全寮制で外との関わりはほとんどない。女人禁制の学園をどうやって調べるかは腕の見せ所だぞ」  楽しんでいるような口ぶりにむっとしつつも、どうすべきか考えを巡らせた。 (確かになかなか難しい状況ね。だったら……) 「……わたしが男装して学生として学園に潜入して、宝物があるかどうか確認するのはいかがでしょうか?」  アルフレイが面白い物を見るように目を輝かせた。 「そんな事ができるのか? 全寮制だから、ずっと男装を続けなければならないぞ。女だとばれてもいけないし、怪盗ルビィだとばれてもいけない。かなり難しいと思うが」 「わかっています。ですが女性は入れないのでそれしか手はないかと」  女伯爵になるのは、絶対に叶えたい夢だ。  もし自分が女伯爵になれなければ、生まれ育った領地も大切な領民達も利益しか考えない親類の男性に奪われてしまう。それだけは絶対に嫌だった。ハーバードの気持ちがわからない以上、結婚という道も選びたくない。だったら、自分で夢をつかみ取るしかなかった。 「面白い。ではうまく男装してみせろ。学園への転入手続きは私が責任をもってやってやる。莫大な寄付金と偽りの身分が必要だが、用意してやろう。楽しみにしているぞ、ルビィ」  簡単な事ではないとわかっていた。それでも夢を叶える為に、メアリは大きく頷いた。  ヒューストン家のタウンハウスに戻ったメアリは、アルフレイからの命令と自分の作戦をさっそくエリックに伝えた。エリックは紅茶をカップに注ぎながら、眉根を寄せる。 「男装して、センドリック学園に潜入……ですか?」  今日の紅茶はミルクティーだ。甘いミルクティーは大好物だった。 「ええ。宝物があるかを確認するにはそれしかないでしょう」  エリックはあごに手を当てて何かを考え込んでいる。  彼は貧乏でたくさんの使用人を雇う余裕のないヒューストン家に、たった一人仕えてくれている執事だ。黒い髪と黒い瞳を持ち、背が高く細身で、黒い燕尾服がよく似合っていた。  そして彼は、怪盗ルビィの協力者でもあった。  エリックがティーポットを机に置いて、白い皿に並べたマフィンを目の前に出してくれた。 「私は反対です。自分と違う性別に変装するのはかなり難しいです。男女では何気ない仕草や立ち居振る舞いにどうしても違いが出ますので」  エリックはまだ怪盗として未熟な自分に、変装や声色を変える方法を教えてくれる優秀な教師でもあった。彼がいなかったら、とてもルビィという大役は務まらなかっただろう。 「更に言うと、全寮制ならば気を抜く暇がありません。一日中変装を続けるというのは、かなりストレスがたまります。ぼろをだす確率も高くなります。特にお嬢様は間抜け……いえ、大ざっぱ……いえ、鷹揚としているところがございますので、一日中違う人物になりきるような変装は難しいかと」  料理も掃除も給仕も完璧なエリックだったが、たった一つ不満がある。  それはこの丁寧な口を利きつつも主人を主人と思っていないところだ。 「悪かったわね! どうせわたしは抜けてるわよ! ああ、いえいえそうじゃなくて、実際に宝物があるかを確かめないと、盗む準備もできないわ。山奥の全寮制のパブリックスクールで自由に動き回るには、生徒に変装するしかないと思うの」  じっとエリックを見つめて話を続けた。 「それにそんなに長い期間じゃないわ。せいぜい数日よ。宝物があるかどうかを確かめて、買い取りに応じないなら盗まないといけないから、その為の下見をするだけ。全寮制だけど部屋は一人部屋だし、浴室も各部屋についているんですって。それに……」  この計画が何とかうまくいきそうだと確信した理由を思い出して、思わず笑みが浮かんだ。 「センドリック学園はかなり身分が高い貴族の子弟しか通えないらしくて、お世話係として執事の同行を許されているの。だから今回はエリックも一緒に学園に入れるのよ。もちろんあなたにも変装してもらう事になるけど」  エリックの眉が少しだけ上がった。あと一押しだと話を続ける。 「わたし一人ではさすがに無謀すぎる計画だけど、エリックも一緒だし、二人で宝物があるか調べれば学園に潜入する期間も短くてすむと思うの。偽の身分と転入の手続きはアルフレイ皇太子がうまくやってくれるし、宝物があるかだけ確認したらすぐに退散するわ。どう?」  精いっぱいの提案をした。あとはエリックがどうでるかだ。  彼の協力なしでは、男装して潜入なんていまの自分のスキルでは絶対に無理だった。 「お願い、エリック。もし宝物があって、それらをすべて盗み出せたら、王室から盗まれた物を全部取り戻した事になるわ。そうしたら特許状がもらえて、女伯爵になれるのよ。わたしの夢の為にも協力して」  両手を組んで見上げると、エリックが渋い顔をしつつもようやく頷いた。 「仕方ありませんね。お嬢様一人で行かせて無謀にも捕まったら、私は職を失いますし。犯罪者が出た屋敷で働いていたなんて知られたら、再就職もできないので、くれぐれもくれぐれも、絶対に正体を知られてはいけませんよ!」  念押しされて、慌てて頷いた。 「わかってるって。……ありがとう、エリック」  微笑むと、エリックが慌てたように背を向けた。 「そう素直に礼を言われると調子が狂う……いえいえ、それで潜入するまでの期間はどのくらいですか?」 「転入の手はずが整うまで十日ほど待っていろと言われたわ」  エリックが再びこちらに向き直った。 「十日ですか。かなり頑張らないと男装は難しいですよ。やるからには完璧な男装ができるようにびしばし鍛えるので、絶対に音を上げないでくださいね。私の特訓についてこられたら一緒に学園に潜入すると約束しましょう。いいですか?」  いじわるで厳しいのはよくわかっている。顔が引きつりそうになりつつも、頷いた。 「負けないわ! 絶対にうまく男装できるようになってみせるんだから!」  決意の声を上げて、さっそくエリックと変装道具がある屋根裏の隠し部屋へ向かった。 「肌はやや日に焼けた感じをファンデーションで作り、眉は太めにきりりと描く。目は切れ長に見えるようにアイラインに工夫を。頰骨が出て骨張った感じを出しましょう。これでずいぶん少年らしくなります。仕上げはこの茶色の短い髪のかつらを」  エリックの手が魔法のように動いて、鏡に映る自分の顔を変えていく。  メアリはどんどん変わる自分の顔を見つめながら、感嘆の息をついた。  鏡の自分は、どこからどう見ても茶の短い髪をした目つきの鋭い少年だ。 「すごい! わたしのもとの顔とぜんぜん違うわ!……あっと」  思わず口元を押さえた。変装の第一歩は、その人物になりきる事だとエリックに教えられていた。その人物がどういう育ちでどういう性格なのか設定をよく考えるといいとも。  男の声色の練習は前からしていたので、その声を意識して鏡の自分を見つつ口を開く。 「わたし……いや、俺、うーん。違うな。僕は……ああ、これかも! 僕はメリル。十五歳。両親は公爵で、いいブドウがたくさんとれる領地を持っていて、ワインを作る工場を持つ金持ちだ。だからセンドリック学園に入学できた」  声は完全に男のものだと言えるほど低くはない。  しかし十五歳の少年のものだと言われれば、納得できるほど凜々しかった。 「突然転入してきた理由は? 時季外れの転入ですから、注目されると思いますが」  確かにそういう質問は受けるだろう。やや顔色を曇らせる。 「父様が再婚して、新しい母様と、その、どうもうまくいかなくて……」  俯いて気弱そうな声をだす。エリックが満足げに頷いた。 「よけいな事を言わないで察してもらうのはいい作戦です。やたら作り上げた設定を話しすぎるとかえってあやしいですし、あとからつじつまがあわなくなったりします。家庭の複雑な事情なら普通の人間は踏み込んで聞いたりしないでしょうし。……成長しましたね、お嬢様」  微笑む顔は、本気で褒めてくれる時のものだ。嬉しくなって、顔をほころばせた。 「声色も十五歳なら男らしすぎると不自然です。いまぐらいの声色が少年らしくていいと思います。もっとメリルとしての生い立ちなどの設定を練るといいでしょう。見た目は十分変装できていますが、問題が一つ。……立ってください」  手で立つように促されて、椅子から立ち上がる。そのとたん、エリックが眉を顰めた。 「膝を揃えて立つのは女性としては素晴らしいですが、少年としてはおかしな仕草です。膝は開き気味で立つように。男性の仕草を観察して、男らしく振る舞うにはどうすればいいか研究してください。男装がうまくいくかどうかは、男らしい振る舞いにかかっているといってもいいでしょう」  確かにエリックの言う通りだと思った。胸に手を当てて、きりりと表情を引き締める。 「わかったよ。エリック」  声はメリルのものだった。男装は難しそうだが、だからこそやりがいがある。 (必ずこの変装を自分のものにして、宝物をすべて取り戻してみせる!)  決意を胸に、まずは男性がどんな仕草をするのか研究を始める事にした。  メアリはメリルの変装を解いて、淡いイエローのドレスに着替えた。  金の髪は後ろで一つにまとめて三つ編みにしている。先日十七歳の誕生日を迎えて社交界デビューも果たしたので、もう大人の女性だ。唇に薄いピンクの口紅を塗って、身なりを整えた。  鏡に映る自分は、紫の瞳は大きいけれど、美人かと聞かれれば少し悩む。女性にしてはやや背が高いし、瘦せているせいか骨張った感じがして、女性的な丸みにかけていた。 「せっかく社交界デビューしたのに、ちっとも女らしくなれないな。しかもいまから男らしさとは何か研究する為に、外出するんだし」  どんどん大人の女性から遠ざかっていくような気がするが、これも自分の夢の為だと気を取り直す。大きな白いつば広の帽子を被って、部屋をあとにした。  玄関まで来ると、エリックが足音一つ立てずに近寄ってきた。