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作者:香月航,藤未都也
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-09-20(一迅社)
价格:¥540 原版
文库:一迅社文库Iris

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猫耳魔術師の助手 本日も呪い日和。 目次 序章 男の嘆きと猫の怒り 一章 鉄の魔女とお猫様 二章 助手のお仕事 三章 お疲れの雇い主と困惑の助手 四章 猫神の祠と気付く感情 五章 いつかの魔女と猫耳のご主人様 あとがき イラストレーション ◆ 藤 未都也 猫耳魔術師の助手 本日も呪い日和。 序章 男の嘆きと猫の怒り 「何故だ……どうして治らない……」  わずかな月光も差し込まない、ともすれば、全てが闇に溶け込んでしまいそうなほど暗い部屋の中。一人の男のかすれた呻き声が響く。  何故だ、何故だ。まるでそれしか言葉を知らぬように、何度も問いは繰り返される。  ……しかし、それに応えるつもりは『己』にはない。 「……術式は間違っていない。これではないのか? いや、だとしたら他に何が……」  よろよろと腕を上げれば、空間に軌跡が残っていく。淡く光るそれは文字であり記号であり、あるいは線、あるいは円の形をしている。寒気を覚えるような夥しい術式が、男の周囲を埋めていく。 「わからない。何故だ、どうして? これだけ試して、何故……」  薄光は伝播し、やがて明かり代わりに室内を照らし出す。  浮かび上がる男の姿は全身黒色で、装いは徹底して露出を避けているようだ。足元はもちろん、頭も目深にフードをかぶって隠している。  かろうじて成人男性らしき体格であることは窺えるが、まるで影絵のようなその姿は異様としかいいようがない。呻く声の低さも相まって、亡霊にも見える。  さらに、照らし出された部屋の様相も、ひどく雑然としていた。  積み上げられた本はいくつも山を成し、あちこちにメモや走り書きが残っている。が、どれもこれも乱暴な筆跡を重ねてあり、一種の狂気を感じるほどだ。 「……くそっ!」  短く吐き捨てて、上げていた腕を振り下ろす。  拳を作った手は本の山を殴り倒し、鈍い音を立てながらドミノ倒しのように崩壊していく。途端に塵埃が煙のように舞い上がって、部屋の中は再び闇に包まれてしまった。 「疲れた……もう、いやだ」  砂っぽい黒と灰色に染まった世界で、またぽつりと呟きが落ちる。倒れるように座り込めば、埃と紙が男に降ってきた。  ――ふと、落ち重なっていくその中に、純白が混じる。厚い封蝋が押されたよく目立つ封筒で、同じものが何通も重なっていた。 「…………ああ、そう、だったな」  ぼんやりとした口調のまま、それらを手に取り顔の前まで持ち上げる。中身はどれも同じ。男の上司からの『助手の採用に関する返事』を催促する手紙だ。 「楽しみだったけどな……こんな状態で、誰かを招き入れるなんて」  無理だ、と声なく呟いて、男は唇を噛み締める。また一息深く吐いて、男はゆっくりと立ち上がった。今度こそ蝋燭に明かりを点して、散らかった机から便箋とペンを探し始める。 「ああ……〝断り〟なんて、書きたくないな」  フードの中で、〝あるはずのない場所に生えたもの〟が、ぺたりと垂れて、男はそれを乱暴に押さえつけた。  しかしそれよりも、己は男のこぼした言葉の方が気になった。  ――断り、と。確かに今そう言っただろうか。ざわりと、体中の毛が怒りに逆立つ。  これから始まるのは輝かしい日々であったはずだ。己もそう信じていた。それをこの男は、自身の都合で途絶えさせるというのか。 (許さぬ……たとえ他の神が許しても、絶対に許さない!!)  金の眼が力を振り絞って輝く。今の己に残るのは、ごくわずかな信仰の力のみ。しかし、今ここで使わずしてどうする。 (もっと深く、より濃厚に、呪われるがいい!!) [にゃあーお……!!]  細く欠けた月が浮かぶ、静かな夜。――暗い夜空の下に、猫の鳴き声が響いていた。 一章 鉄の魔女とお猫様 「納得いきません」  重厚な内装の一室。教卓よりも立派な席に座るこの『魔術学院』の長たる男と、その横に控える進路担当の教師は、目の前に立つ小柄な少女にやや気圧されていた。  別に怒鳴っているわけではない。それこそ、もっとガラの悪い生徒もいるし、刃物沙汰の喧嘩すらも仲裁した経験がある、教師歴の長い二人だ。  しかし、この目の前の少女シャーロット・ファレルは不良とは別の迫力を備えており、苦手としている教師はとても多い……いや、多かった。  先日無事に卒業を迎え、送り出したはずなのだが、苦手意識はまだ残っているようだ。  かすかに肩を震わせる二人を一瞥し、シャーロットは一瞬だけ面倒くさそうな表情を見せた後、一通の手紙を差し出した。 「これは……」  机に広げられたのは、王国の直属機関にしか許されない特別な印の入った封筒と便箋。  しかし、上質な紙に記されているのはたった一文。要約するまでもなく『今回の話はなかったことに』と簡潔に書かれている。 「どういうことだ? これは一体……」 「先日、私の元に届いた王宮魔術師機関からの書状です。何ヶ月も音沙汰なしで、ようやく届いた返信がこれですよ? どういうことだと聞きたいのは私の方です」  やや苛立ったシャーロットの口調に、教師たちはまた肩を震わせる。 『王宮魔術師』とは、名の通り国直属の研究機関である。魔術師が目指す最高峰の職であり、学院へ通う生徒たちも、その頂きを目指して日々励んでいる。  そしてこのシャーロット・ファレルは、大変優秀な成績を修めた生徒だった。  その成績は実力主義の学院の歴史に名を残すほどであり、在学中に件の機関の方から「ぜひウチへ来てくれ」と、勧誘を受けていたのだ。  もちろんシャーロットもこれを受諾し、卒業後はまず助手として、とある王宮魔術師の下へ師事することになっていた。  誰からも羨まれる、薔薇色の勝ち組人生が約束されていた……はずだったのだ。 「よりにもよって、卒業してからの内定取り消しなんて……」  あまりのことに、教師二人も言葉を失っている。  確かにシャーロットを苦手とする教師は多いが、優秀さには全く関係ないし、問題も起こしていない生徒を悪く言ったりすることはない。内申書ももちろん満点だ。  何より、王宮魔術師機関への就職は、学院側としても誉れなのだ。それを阻害するなどありえない。 「住み込み可と聞いていたので、寮ももう引き払う準備をしているんです。ここまで来て、こんな返信……」  灰桃色の髪が流れて、俯く顔に陰を落とす。噛み締めた唇が、その下で歪んでいた。  最高の職場の内定をもらっていたのだ、もちろん他の就職活動などしていない。つまり、薔薇色人生から一転、職もなければ次に住む場所さえも当てがなくなってしまったことになる。  シャーロットの落ち込んだ様子に、学院長は慌てて立ち上がった。 「と、とにかくファレル君。就職先については、こちらで何とかしよう。君ほど優秀な人なら、きっと引く手数多なはずだ!」 「そうですよ! 寮の方も、新居が見つかるまで滞在できるよう、こちらから話をつけます。だからどうか、気を落とさないで下さい。ねっ?」  身振り手振りを加えつつ、なんとか励まそうと慌てる二人だが――ふいに顔を上げたシャーロットの紫水晶のような瞳には、憂いではなく激しい怒りが宿っていた。 「……新しい職場はいりません。ですが、学院長にはぜひ協力していただきたく」 「ファ、ファレル君?」  立ち上る怒りのオーラに、大の男二人が一歩後ずさる。しかし、その分一歩進んだシャーロットが、パンと机上の手紙を叩いた。 「国直属の機関がですよ? 散々待たせておいて、理由もなく内定破棄。こんなずさんな対応をするなんて、ありえないと思いませんか?」 「そ、そうですね! おかしいと思います、うん!」  口調こそ大人しいが、鬼気迫るシャーロットの様子に、教師はこくこくと首を振り乱す。 「こんな対応、王家そのものへの信用を落としかねない。そう思いますよね?」 「そっそうだな!!」  視線を向けられた学院長もまた、壊れた人形のように頷いて返す。共に同意した二人を見返して、小さな唇がゆるやかに笑った。 「手紙を書いていただきたいのです、学院長。私個人からでは、きっと受け取ってもらえないでしょうから。正当な理由を求める抗議の手紙を。可能であれば、話をする機会を設けて欲しいと」  学院の名義で、と付け加えれば、学院長は一瞬驚いたものの、すぐに表情を引き締めた。 「それぐらいのものならば、すぐに用意しよう。私としても、当学院の優秀な生徒をこのように扱われるなど、非常に腹立たしく思っている。前例を許して舐められても困るしな」  年相応の威厳ある顔に戻った学院長に、シャーロットは静かに頭を下げる。  王宮魔術師は確かに国が誇る最高の職だが、この学院もまた、後進育成の要なのだ。無視できるほど立場は弱くないはずだ。 「しかし、いいのかねファレル君。たとえ話し合いの場を得られたとしても、内定が戻る保証はないぞ? 他の職を確保してからでも遅くはないのではないか?」 「ご心配ありがとうございます、学院長。しかし、その機会さえいただければ、あとは自分でどうにかしてみせます……必ず」  気遣わしげに問いかける学院長に返されるのは、強い意志のこもった声。  顔を上げたシャーロットはもう笑っておらず、まるで仮面のような冷たい表情に、男二人はまた肩を震わせる。 「では、よろしくお願いいたしますね」  用は済んだとばかりにもう一度念を押すと、シャーロットは見本のような一礼をして学院長室を去っていく。 「――ああ、やはり、『鉄の魔女』は健在か」  残された教師二人は顔を見合わせ、深く深く溜め息をついた。  シャーロットが廊下に出ると、まるで待ち構えていたかのように、在院生たちから視線が突き刺さってきた。  一応後輩にあたる者たちなのだが、どれもこれも「出待ち」と呼べるような喜色めいたものではなく、どこか怯えた目つきでシャーロットを見つめている。 「…………」  一方シャーロットは、それらを意にも介さず、すたすたと廊下を進んでいく。彼らの存在など見えていないかのように、足取りは淀みない。 「……なんで『鉄の魔女』がいるんだよ。卒業したんじゃなかったのか!?」 「しっ! バカ、聞こえたらどうする!!」  ふいに耳に飛び込んできた声にも、足を止めることはない。それがシャーロットを貶したあだ名であることももちろん知っているが、眉一つすら反応しない。  誰に何を言われても動じず、己の決めたことは何が何でも完遂した強い女。嫉妬もやっかみも、賞賛にすらも揺らがない鋼鉄の精神。  ゆえについたあだ名が『鉄の魔女』だ。本人が卒業した今も、まだ残っているらしい。  ひそひそと怯える声を背景曲にしながら、廊下を通り過ぎ玄関口へ。挨拶を交わすこともなく学舎を出ようとして――しかし、ふと聞こえた言葉に、シャーロットは初めて振り返った。 「『鉄の魔女』にちょっかいだしたら、猫に襲われるぞ」 「誰が人間なんかのために、可愛い猫を遣わすか」  まさか反応が返るとは思わなかったのか。慌てて走り去っていく在院生を、可愛らしい顔立ちからは想像できないほど冷たい目で睨みつける。 「冗談じゃないわよ。可愛い可愛い猫たちに、おかしなことなんてさせるものですか」  忌々しげに呟いて、今度こそ学舎を後にする。  ――彼女を見送るかのように、どこかで猫が鳴いていた。  学院を出たシャーロットが向かった先は、王都でも特に賑わっている中央通りだ。  道の両脇を様々な店が彩り、人々は楽しげに買い物をしている。もちろん年頃の女性が好きそうな店も多数あるが、シャーロットはそのどれにも目をくれず、もくもくと歩き過ぎて行く。  やがて人気もまばらになり、通りの外れまでやってくると、ようやくとある店の扉をくぐった。いや、店というよりは「厩舎」と呼ぶのが相応しいだろう。木造の大きな建物の中には、山盛りの干草と肉付きの良い馬たちが並んでいる。 「おう、アンタか!」  生き物と草の独特の匂いをまとった精悍な男性が、我が物顔で入ってきたシャーロットに、こちらも慣れた様子で声をかける。齢十八の女性一人という珍しい来客にも関わらず、馴染みの飲み屋のような気軽さだ。 「久しぶりだな。いつもの子で大丈夫かい?」 「うん、お願い。今日中には戻るわ」 「はいよ」  そうして手続きと支払いをサラリと済ませると、男性は一頭の栗毛の馬を連れてきた。  ――ここはいわゆる「貸し馬屋」であり、旅人や軍人などが主に利用する場所だ。  学院生には縁のない店のはずだが、シャーロットは慣れた手つきで馬に跨る。スカートを気にしたり躊躇ったりすることもなく、ピンと背筋の伸びた正しい姿勢でだ。 「さすが、いい姿勢だ」  ニカッと笑った男性のそれを合図に、颯爽と駆け出した馬は街から離れていく。  見送る彼に会釈を返すと、シャーロットは目的地へ向けて速度を上げていった。  ――そうして、一時間ほど走らせただろうか。  馬を降りた目的地は、道端としかいいようのない、ただの荒野だった。  乾いた空気にひび割れた土、生えているのはせいぜい雑草ぐらいの何もない場所。  しかし、馬を降りたシャーロットの目はいきいきと輝いている。街道から離れ、無造作に積まれた石の塊に駆け寄ると、当たり前のように跪いた。 「お久しぶりです、偉大なる我が主。私の『猫神』様」  目の前にあるのは、どう見ても崩れた石の塊だ。かろうじて猫だったかもしれない像の残骸と、何かの文字か記号が見てとれるが、それでも瓦礫以外の何ものでもない。が、シャーロットの顔は真剣そのものだ。 『猫神』とは、名前そのままに猫の神である。一応『土地神のようなもの』として記録が残っているが、何を司る神なのかも不明だ。  創造主たる女神信仰が主流の王都では、もちろんほとんど無名の存在。知っている人間の方が少ないだろう――普通の人間は。 「ああ、我が主……いつ見てもお労しいお姿です……!」  しかし、シャーロットは頬を赤く染めて、今にも泣き出しそうに震えている。学院で『鉄の魔女』と怯えられていた人物とは、もはや全く別人だ。  ――これこそが、真の姿。  人間よりも猫を愛し、猫のために尽くす猫狂い。猫神を唯一神かつ絶対神と崇める狂信者。  それが、このシャーロット・ファレルの正体なのだ。 「ああっまた雑草がこんなに……! 遅くなって申し訳ございません、我が主。すぐに整えますからね!!」  まるですぐ傍に主君がいるかのような口調に、待機している馬も心なしか複雑な表情だ。端から見たら、ちょっとアレな人間にしか見えないだろう。  だが、狂信者は大真面目である。どこからか取り出した雑巾で瓦礫を磨きながら、テキパキとゴミや雑草を片付けていく。 「あの忌まわしい嵐さえなければ、こんなお姿には……無力な自分が悔しいです」  砂まみれになった雑巾が、手の中で軋む。  ……かつてここには「祠」があったのだ。シャーロットが見つけるまでは放置されており、ほぼ荒野と一体化してはいたが、それでも瓦礫の山ではなかった。  ちょうど半年ほど前、王都近郊で起こった大きな嵐のせいで、猫神の祠は今のような姿になってしまった。 「私がもっと裕福であれば……」  うな垂れるシャーロットの頬を、乾いた風が撫でていく。  実のところ、シャーロットの実家は商家で、特別貧乏というわけではない。  しかし、できの悪い跡継ぎの兄と体の弱い妹に挟まれた三人兄弟で、両親はその二人にかかりきりだったのだ。世話的にも金銭的にも。 『典型的な手のかからない二番目』として育ったシャーロットは支援や仕送りなど期待できず、学院生活すら奨学金で賄っていたぐらいだ。  それに、いくら無名とはいえ神を祀るものとなれば、建築にはそれなりに費用がかかる。卒業したてのシャーロットには、とても払える額ではない。  ぎゅっと胸元を握りしめると、また瓦礫の前に跪く。 「……実は今日、王宮魔術師助手の内定取り消しの手紙を受け取ってしまいました」  太陽が雲に翳り、薄暗い陰に細く息を吐く。 「私は有名な家の生まれではないし、素養も高かった訳じゃありません。ただただ、がむしゃらな努力だけで、首席をとって卒業したんです。あんな手紙一つで、諦めたくありません」  意図せず声が低くなる。握りしめた手に力を込めて、シャーロットは顔を上げた。 「だって、あんな高給がもらえる仕事は、王宮魔術師しかないんです!! 同じ額を稼ぐには、内臓を売るか犯罪に走るかしかない! でも、そんなお金で我が主の祠は建てられません!!」  寂れた荒野に、シャーロットの叫びが響き渡る。  ……果たして、学院の誰が気付いただろう。  歴史に残るほどの高成績を叩き出した生徒の目的が、「高い給料をもらえるから」だと。  それも、猫神などという無名の神を祀る祠を建てるためなのだと。  名門家の子息も貴族の子女も、誰も彼も皆、狂信者の猫愛に勝てなかったのだと。  ちなみに、嵐が起こる前もシャーロットは王宮魔術師を志願しており、その時も「高給職について、沢山の猫と暮らしたいから」と安定の志願理由であった。 「どうか、もう少しだけ待っていて下さい、我が主。私は必ず、あの〝クライヴ・アーネット〟の助手として、王宮魔術師機関に勤めて参ります。そして必ず、最高の祠を貴方様に!」  敬礼のような姿勢をとりつつ、低い音で呼ばれるのはシャーロットの内定先であった王宮魔術師の名前だ。仮にも師として仰ぐべき存在だというのに、嫌悪感を隠しもしていない。  もっとも、突然あの手紙を送ってきた相手となれば、猫至上主義兼人間嫌いのシャーロットでなくとも、良い印象はなくて当然だが。 「……はあ、それにしても、猫成分が足りません。馬も可愛いですが、やっぱり猫が一番です。前はこの辺りにも野良ちゃんが沢山いたのに、嵐の後はすっかりいなくなってしまいましたね。ああ、撫でたい抱きたい猫ねこねこ……」  ねこねこ呟きながら瓦礫に頬ずりを始める狂信者改め不審者に、待機していた馬はますます微妙な表情になっていく。  人々から忘れ去られた荒野の片隅で、異様な礼拝は陽が傾くまで続いていた。 *  *  *  学院から連絡があったのは、シャーロットが押しかけてから三日後のことだった。  それまで何ヶ月も連絡がこなかったことを考えれば、今回は学院もあちらも真摯に対応してくれたということだろう。  ちょうど期日もギリギリだったので、まとめた身の回りの品だけを持ち、寮の部屋を引き払ってから出発する。帰れる場所を無くしてから挑むのは、決意を鈍らせないためだ。  荷物は通学にも使っていた背負う形の革鞄一つ。質素な生活を心がけていたとはいえ、本人も驚くほど少なかった。 (まあ、身軽な方が楽よね。何としても、あそこに勤めてみせるわ)  そう改めて強く思いながら、決意を込めて髪を高く結ぶ。向かう先は白亜の王城だ。  普段は遠くから眺めるだけの縁のない場所だが、王宮魔術師機関は名の通り、この王城に連なる棟に研究室を持っている。  衛兵たちに話をつけ、堅牢な門をくぐり抜ければ、学院とはまた違う華やかな景色が視界に広がった。 「……きれい」  整えられた美しい庭には花が咲き乱れ、大理石の回廊には彫刻や絵画が並ぶ。残念ながら猫はいないようだが、まるで物語のような世界に思わず圧倒されてしまう。  呆然と庭を眺めていると、シャーロットの名を呼ぶ男性が駆け寄ってくるのが見えた。 (……あれ? 王宮魔術師機関の人じゃ……ない?)  人好きのする笑顔で近付いてきたのは、三十歳前後の優しげな容貌の男性。しかし、その装いはシャーロットが知る魔術師とは少し違っていた。  フリルの多いシャツにきっちりと結ばれたクラヴァット。ベストや上着の端には金の刺繍がきめ細かく入っており、いかにも高価そうな出で立ちは貴族のそれだ。  ゆるく波打つ茶色の髪も毛先まで手入れされていて、寝食を忘れがちな研究職とはとても思えない。 「私がシャーロット・ファレルです。失礼ですが、貴方様は王宮魔術師機関の方ですか?」 「ああ、そうだよ。よく来てくれたね、ファレル君。僕はデリック・ノーフォークという者だ。どうぞよろしく」 (……ああ)  にっこりと笑って差し出された手を軽く握り返しつつ、シャーロットは男――デリックに気付かれない程度に、眉をひそめた。彼の名に〝よろしくない意味で〟覚えがあったからだ。  ノーフォーク家は魔術師の名門筋で、貴族たちとも仲が良く、お金持ちの家だ。魔術学院にも多くの寄付をしてくれていた。  ――まあ、家のことは特に問題ではないのだが。 「今回はうちの者が迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なかった。さ、研究室へ案内するよ。ついてきてくれ」 「はい、お願いします」  会釈を返し、デリックから二歩ほど離れながら歩きだす。彼は貴族的なエスコートをしようとしたようだが、一瞬だけ苦笑を浮かべるとゆっくりと並んで話し始めた。 「……実は今回の件について、一番驚いているのは僕たちの方でね。君と学院にはとても失礼なことをしてしまった。本当に申し訳ない」 「……と、言いますと?」 「君の内定取り消しのあの手紙、師事先のアーネットが勝手に書いたものなんだ。もちろん、僕たち他の王宮魔術師には何の報せも許可もなくね。助手の採用は機関で決めることなのに、困ったものだよ」 「…………は、はあっ!?」  さらりと衝撃の事実を告げるデリックに、シャーロットも言葉につまってしまう。 「えっと、それはつまり、私の内定取り消しは……」 「ないない、ありえないよ! 君みたいな優秀な人材、次はいつお目にかかれるか。うちの機関は慢性的に人手不足なのに」  マ ジ か。  デリックは冗談でも言ったかのように軽い様子だが、それこそシャーロットが一番懸念していたことだ。まさか登城数分で片付くとは、もう踊り出したいぐらいの気分だ。  その上、人手不足という情報も得られた。規定の厳しさは周知だが、シャーロットは機関側から勧誘を受けたのだし、能力は足りているだろう。もしシャーロットで足りなかったとしたら、王宮魔術師になれる学院生は存在しないし、人手不足も加速するだけだ。  あの不採用の手紙は、やはりおかしなものだったのだ。 「良かった、内定なくなってなかった……あとはご本人に理由さえ問いつめれば……」 「不安にさせてしまって本当にすまなかったね。ただ、その、問題のアーネットなんだが……君の話に応じてくれるかどうか、わからないんだ」  ホッと胸を撫で下ろすシャーロットに、今度は言いづらそうにデリックが続ける。 「実はここ半年ほど、アーネットはずっと研究室に篭もりきりでね。公式の行事もすっぽかすし、僕たちも困っているんだ。そこにきて、君の件だよ。あちこちに迷惑をかけて、全く何を考えているのだか」  口調こそ穏やかだが、デリックの声からは苛立ちと嫌悪感が伝わってくる。  同じように迷惑をこうむったシャーロットからしても『嫌な人物』に違いないが、同職のデリックには、また別のしがらみがあるのだろう。まあ、シャーロットには関係ないことだが。 「とにかく、一応案内はするけど、あいつに師事するのは難しいと思ってくれた方がいいよ。面会さえできるかどうか」 「構いません。案内さえしていただければ、あとは私が頑張ります」 「はは、君は強いね。さすが、あの実力主義の学院で首席だっただけはある。……それとも、もしかしてアーネットの外見がお好みのクチかな?」  真面目に話していたデリックの声にふと、シャーロットへの嫌味が混じる。 「外見?」 「彼は女性受けの良い容貌をしているからね。もしかして、君もかと思って」  はて、そういえばそんな話を聞いたような気がする。在学中